BOOK:79 ぱろでぃ
□A只今、天使研修中 番外編集
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景色が灰色に見えるって、本当にあるんだ、って。
信じられない思いで、カメラを構えた。
どの景色も。
どんなに光を入れても、絞っても。
壊すのが怖くてあまり持ち出さない、高級なカメラでも。
その景色は全く綺麗に映らない。
全てが灰色に歪んでしまう。
会社終わり。
俺が向かったのは大きな病院。病室で眠る、親友のもと。
「……裕翔くん、ごめんね、まだ起きないの」
泣き腫らした目でも柔らかく笑ってくれたのは、知念のお母さん。2人はそっくりで。その笑顔は、俺の大好きな笑顔のはずなのに、今日は、胸が抉られるように痛んだ。
「……寝坊助ねぇ」
笑う知念のお母さんに、笑顔を返したいのに、顔がいびつに歪んだだけだった気がする。
ここで眠るのは、俺の親友。
学生時代から今まで、ずっと一緒。
たまたまやりたいことが一緒で、考え方が似ていて。
だからと言って、お互いにお互いのやりたいことはしっかりあったから。きっと、どこかで別の道を歩くことになるだろうって思っていたけど、今の今まで結局、その道は別れないまま。
きっと、これから先もこのままなんだろうな。
そんなことを思っていた最中、知念が病院に運ばれたって聞いて。
そこからのことは、よく覚えていない。
ただ、この土日はずっと病院にいた。
話しかけても何も言わない知念の横で、ずっと泣いていた気がする。もしかしたら、泣けてもいなかったのかもしれない。
今朝、なんとか会社に行かなきゃって電車に乗って向かったけど、知念の空いたデスクを見るたび、息ができなくなって。
うまく働かない頭で、
ただ、機械的に日々を過ごしている。
「裕翔くん。」
やっぱり今日も、知念は起きなかった。
トボトボと帰ろうとした俺に、知念のお母さんの声。
振り返ると、困ったように笑っている。
「……起きたら、教えるから。だから……もう………」
そう言って、ボロボロと泣き出したその姿に、
たまらなくなって「また来ます」と、病院を後にした。
帰宅して、全く寝れないけど、とりあえずは横になって。
重い体で会社に行って、そしてまた病院に行く。
彩も温度も匂いもない日々。
その日もただ病院から帰って、機械的にパソコンを開いたんだ。そして、届いていた一件のメールに目を見張る。
差出人は、知念のパソコンアドレスだ。
慌てて開けばそこには【突然ごめんなさい。知念です】って。
そう、書かれていて。
幻…?って、何度も目をこする。
嘘だ、嘘だと。頭を振って。
だって。
今日だって知念は、目を覚まさなかったじゃないか。
どんなに話しかけたって、返事をくれなかったじゃないか。
笑ってもくれなかったじゃないか。
……だけど。
もしも、なにかの奇跡が起きていて、本当にこれが知念なら。
いや、そんなはずない。ありえないだろう、そんなこと。
でも、もしも……。
そんなことを考えて、何度もパソコンの前へ。
返事を打とうとして、やめる。
何度も何度もそれを繰り返しているうちに、朝が来て。
会社に行っても、そのことが頭をめぐってばかり。
そして、その日の帰り。
混乱する頭のまま、再び病院へ向かった。
……もしかしたら。
もしかしたら。
「ゆーてぃーなんで返事くれないの!?」
なんて笑っているかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませて向かった病室。
だけどそこに居たのは、昨日と変わらず眠る姿で。
知念のお母さんは「……まだ、起きないの」って笑っている。
……やっぱり、嘘だったんだ。
誰かが俺のことを面白がっているのかもしれない。
もう、あのメールは忘れよう。
やりきれない思いで、眠る知念を見つめていれば、
「ねぇ、裕翔くん」って、穏やかに笑った知念のお母さんが、アルバムを差し出した。
「一緒に、見ない?」いたずらに笑う姿が知念に重なって。
「いいですね」って、こっちも笑って頷いた。
「わぁ……天使だな……」
めくる写真に映るのは、どれも笑顔の知念。
本当に小さい時のものばかり。
俺ともまだ出会っていなかったはずの姿。
なのに、なぜか懐かしい気もしてしまう。
「……でしょー?……なんて。親バカね」
フフフッて笑う顔が、やっぱり知念によく似てて、
思わず笑みと「……いや。ほんとに知念は天使ですよ。」
って、そんな言葉がこぼれた。
「ん?」って笑う知念のお母さん。
俺は、アルバムから眠る知念に視線を移した。
「クラスにうまく馴染めない時も……
いつも知念が隣にいてくれたんです。
知念がいたから……ずっと……大丈夫だったんです
……だから…」
俺は、知念に感謝の言葉を、言わなきゃいけないんです。
そう言おうと思ったのに。
突然、ポロポロと涙が溢れて来て、うまく続けられない。
「……あれ?おかしいな…」
何かが壊れたみたいに、ポロポロと涙が止まらない。
そして気がついた。
きっと俺は、わざと機械的にしていたんだと。
感情を殺そうとしていたんだと。
だって、そうじゃないと…
そうじゃないと、気づいてしまうから。
あの笑顔を、もう見ることは出来ないのかもってこと。
「ゆーてぃー!」って声も、膝に乗る温度も重さも。
全部、もう二度と、会えないのかもしれないって。
そんなことを思えば、次から次から涙が止まらない。
そして思うのは、“会いたい”って思い。
もう一度だけでもいい。
会いたい。言いたいことがあるんだ、君に。
ねぇ、会いたいよ、知念。
頼むから、もう一度だけでも……。
「……っ」
ついには嗚咽が漏れるほどの涙になって。
落ち着いた頃には、もう随分と時間が経っていた。
「……すみません、アルバム、濡れちゃうや…」
情けなくって、恥ずかしくって。
袖でその涙を拭いながらなんとか笑うと、知念のお母さんは、俺がそうするって、わかっていたみたいに優しく笑って、口を開いた。
「……ねぇ、裕翔くん。侑李は大丈夫。
“僕が死ぬわけないじゃん!”って笑いながら帰ってくるわよ。
……でも、その時、裕翔くんがそんな顔していたらきっと怒るから。だから……。」
もう病院には、来なくていい。
そう続けられた言葉に、素直に頷いたのは。
きっと、その時にはもう、心を決めていたから。
帰宅してすぐ。
届いていたメールに、返信を出した。
【本当に、本当に、知念?】
もしも、そうだと言うのなら。信じようと思う。
騙されていたとしても、構わない。
一瞬でも、幻想が見られるなら、それだけでもいい。
例え姿が違ったとしても、知念だと言うなら、それでいい。
だから、会いたい。
そんな思いで、返信をしたんだ。
誰でもいい。頼むから、返事をくれって。
翌日、返って来たのは【本当だよ】って言葉。
目を瞑る。
そこに浮かび上がる顔は、いつも笑顔の知念で。
会いに行こうって決意した。
あの笑顔にもう一度会える手段があるなら、
どんなに低い確率でもかけてみたい。
もしかしたらこのメールが知念に通じてるのかもしれないって、そう思ったら。
それだけで、今の俺には幸せだから。
そして、再び会えたら。
その時は、ちゃんと伝えるんだ。
たくさんの感謝の気持ちを。
誰よりも特別だって思いを。
そして、たくさん目に焼き付けるんだ。
その笑顔を。
そんなことを考えながら俺は、
知念に指定された公園へ向かったんだ。