BOOK:79 りある

□❁ある女子の考察❁
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ある女子の考察B



❁…………

「失礼しました」

両手にクラス全員分のノートを抱えて
なんとか職員室のドアを閉めると、大きくため息をついた。

新学期が始まって早1ヶ月。

クラスに、やっと慣れてきたと思えば、
提出を求められた進路希望調査。

そりゃあ、いよいよ3年生。
進路とか就職とか、そういうことが目前で、
考えなきゃいけないことなのはわかるけど。

でも、不器用な私はまだ目の前のこと…
ーー例えば、新しいクラスの人間関係とか
それをこなしていくのに精一杯で。

焦る気持ちと今がギリギリって想いと。
最後の高校生活だっていうのに、胃がキリキリと痛んで。
青春する余裕なんてなさそうだ。


「…っ重……」……っていうか、今は。
このクラス全員分のノートを持っていくことで精一杯。

せめてもの救いとして、彼のノートを一番上にしておいたらよかったかなぁー。なんて、ちょっと気持ち悪いことを考えて現実逃避をしてみたり。

…まぁ、だけど歩き出さないとなにも始まらないわけで。
とにかく覚悟を決めて、この重荷を持って、教室までの道のりを歩き出そうとした時。

「……あれぇ?」

聞こえた声にビクッとして振り返った。
そこにいたのは、まさに今、ちょっとストーカーチックなことを考えていた彼で。

「あ、やっぱそうだー!何してるのー?」
手にプリントのような物を持った彼は、いつもの笑顔でそう言いながら、目線をノートへ。
納得したように頷くと「ちょっと待ってて」って一言。
職員室へ消えて行った。

……ちょっと、待ってて?

放課後になって会えたことは嬉しいし、
待っててというなら待ってるけど、なかなかノートが重くて。どうしたものかと首を傾げれば。

「おまたせー」って、職員室から出てきた彼は、
ヒョコヒョコと私の方へ来たかと思うと
「どこまで持ってくの?はい、ちょうだい」って笑う。

「あ、教室まで…だけど……え!いいよいいよ!!」

重い重いと言っていたものを持たせるなんて…!
って首をブンブン振ると、キョトンとした顔をしたあと、
いつもの笑顔を見せてくれた。

「力無いって思ってるんでしょー!
僕も一応、男の子だからね」

ニッコリ笑う彼だけど。
そんなことは、他の誰よりも知っていると思うんだ。

案外肩幅が広かったり、こだわりなく雑に書いた字だったり、不意に投げやりになる口調だったり。

些細な瞬間に、男の子だって感じて。
そしてまた、好きになる。

何も答えずにいる私の前で「おーい」って手を振って。
それにハッとして、
「本当に大丈夫だから!」って咄嗟に言ったけど、
それでも彼はニッコリ笑った。

「じゃあ、半分こね?」

そう言うと、半分よりも多いノートを持って、振り返った。

「早く行こー」

って。
そうして見せた笑顔は、世界一可愛くて、
そして、なによりも、かっこいいと思った。





「ね、最近寝てる?」

歩き出してすぐ、急に言われたことに驚いて
「え?」って返すといつも通り、ニッコリ笑う彼がいた。

「だってさぁー、3年生になった途端、
色々やること増えちゃってさぁ。
進路のことも考えなきゃだし、頭パンクしちゃうよね?

育たなきゃいけないから、たくさん寝なきゃなのになぁ、僕」

彼はわざとふざけたみたいに笑って見せたけど、
私は、その言葉に、鼻がツーンと熱くなっていたんだ。

彼は、本当に思ったことを言っただけなのかもしれない。
他意は、なかったのかもしれない。

だけど、それでも、涙が出ちゃいそうなぐらい嬉しかった。
“君だけじゃない”そう言ってくれている気がして。

「……うん」涙をこぼさないよう精一杯、コクリと頷くと、
「ねー、大変だよねー」ってわざとらしく顔を歪めたから
笑ってしまった。

「うん、大変」
そう言ってもいいんだ、って思ったら、急に肩の力が抜けた。

「そうそう。
大変なんだから、大変って言っていいんだからね」

こういう雑用とか。って、
ノートを少しあげて笑った彼を見て確信する。
やっぱり、わたしのために言ってくれたんだって。

「……うん」

これ以上話すと溢れてしまいそうで、ただ頷いた。
……涙とか、思いとかが。

彼は、
たくさんの仕事しながら勉強して、周りにも気を使って。
そんな彼の方が、確実に“大変”なはずなのに。

私は彼の愚痴を聞いたことがない。

いつも、みんなが大変だ大変だって言うことなのに、
「楽しそうー!」って目を輝かせたり、
「やるからには楽しまなきゃ!」って笑ったり。

そんな彼に、みんなも笑顔になって
自然と“大変”が“楽しい”に変わっていたりする。

やっぱり私は、彼は魔法使いなんだと思うんだ。
みんなを笑顔にしてくれる優しい優しい魔法使い。

横を見ると「ん?」って首を傾げて。
その顔に、胸がキュンって大きく音をたてる。

こんなに素敵な人に出会えたこと、好きになれたこと、
本当に恵まれてるって思う。
こんな大きな恋をしていること、幸せだって思う。

私はまだ、全部を楽しむことは出来ないけど、
大変ながらに頑張ろう。

人間関係も、勉強も、進路のことも、……青春も。

全部全部、わたしなりに、だけど。
いつか彼みたいに、誰かの重荷を軽くしてあげれるようになれたら…って、そんな目標を持って。



「…あの「あ!知念!!」

ありがとうって言おうとした時、被さった大きな声。
驚いて声の方を見ると、満面の笑みで走ってくる“あの男”がいた。

「あぁ、りょーすけー」

彼の顔が綻ぶのを見れば、胸はズキンと痛むけど、
その表情があまりに可愛いから胸がキュンって音を立てる。

「どこ行ってたんだよ」

ポンポンって彼の頭を叩く男は、相変わらず綺麗な顔をしてるのに、その顔をデレッデレに緩ませてて。
私のことなんて全く視界に入ってないみたい。

「しょくいんしつー、ね?」「…あ、う、うん。」

突然目線を送られて、驚いて何度も頷くと
やっと男がこっちを見て、わかりやすく“ッゲ”って顔をした。

「……あぁ、これ運ぶの?どこまで?」

ダラシなく持っていたスクールバッグを肩にかけ直すと、
私が持っていたノートをガサッと奪った男は、彼に目線を。

「教室までー」

少し、意外だった。
迷わず彼の分を持つんだと思ったのに、私の分を持ってくれたから。

「よし、じゃあ行くか。」

だけどすぐに意味がわかった。

「あ、俺、ちょうど知念と帰るから。もういいよ」

……なるほど、邪魔な私は除外したかったわけね。
苦笑して、だけど、なんだか必死な様子がおかしくて。

「でも、私が頼まれたことだから」
ってそのノートを奪おうと手を伸ばす。
せっかくならもう少し彼といたかったから。

「いや、いいって、俺が持ってくから!」
だけど、想像以上に男は独占欲が強いみたいで、凄まじい力でノートを離そうとしない。

「いいよ、本当に」私もムキになって取り返そうとするけど、
「いや、こっちも本当にいいよ」って、どうやら向こうもムキになっている。

ノートを静かに引っ張り合うことしばらく。

「俺、ちょうど鍛えてるからいいんだよ」

そんな言葉を男がこぼしたとき。
「じゃあ」と、彼が笑った。

「りょーすけ、これも持ってー」
ハイって渡した彼の持っていたノート。

「お前なぁー」
ズシリと重くなるそれなのに、嬉しそうに笑った男と、楽しそうな彼。

「鍛えたいんでしょー!ほら、早く帰ろー!」

わかっていたことだけど、ちょっとだけ胸が痛くなった。
とびっきりの彼の笑顔を向けられるのが、羨ましい。
そんな風に、甘えられるのが、羨ましい。

「はいはい。教室までついてこいよ?」
「うんー」

歩き出した2人を、その場に止まってボーッと眺めていた。


「っうわ、お前危ないだろ」
「ふふ、鍛えなきゃでしょー」
ノートを持つ男の背中に飛び乗った彼に、
「……ちゃんと掴まってろよ?」って、
それだけ言ってまた歩き出す。

そんな2人は、誰よりもお似合いの2人だと思うから。

だから、仕方ないって思うんだけど。





「…あ、バイバーイ!!よく寝てねー!」

振り返った彼の笑顔が、言葉が、キラキラ輝くから。
やっぱり私は、今日も諦められないんだ。




さて。
明日はどんな日になるだろう。

さっきまでは、考えたくもなかったそんなことを考えながら、私は弾む足取りで帰路に着いたのだった。





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