BOOK:79 ぱろでぃ

□@ 大野建築事務所 〜 2度目の出会い
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「はじめまして、知念です。」

あの時と同じ挨拶をした知念はぺこりと頭を下げた後、顔を上げ1人ずつを見渡すようにして話した。

「伊野尾さんとは、大学が同じで、尊敬する先輩の1人ではあるんですが…。

今回は、ご縁あって憧れの大野さんのもとで働けるのとても嬉しいです。
精一杯やりますので、どうぞよろしくお願いします。」

キラキラの目でそう言ったのは、
やっぱり、たしかに、あの知念だった。

少し大人っぽくなったようだけど。
相変わらずその口角は上がって、
長い睫毛が目を縁取っている。

そして何より。
俺の世界を変えてしまう笑顔は健在だった。

俺はその存在を確認してから1秒も視線を外せないでいるのに、知念の方は隣の所長をキラキラした目で見つめている。

俺と目があったのなんて、挨拶の前と、挨拶をした時の本当に一瞬だ。

…知念は、俺のことなんて忘れてしまったのだろうか?

そりゃそうだよな。
中学卒業以来、一度も会ってなかったんだもんな。
でも、俺は会いたかったよ、ずっと。

中学時代の、たった2年にも満たないことだけど。お前のこと、一日も、忘れたことなんてなかったよ。


「憧れって言われてますよ!さすがっすねぇ!!」
「…うるせーなー」

所長と伊野尾さんの掛け合いにやぶさんも、知念も笑うけど、俺だけは、うまく笑えずにいる…。

結局、知念は俺の方をそれから一度も見ないままで。


挨拶が終わり、しばらくは所長と伊野尾さんと3人で話していたようだが、しばらくして知念は伊野尾さんとお世話になる外部の人への挨拶へ向かってしまった。

残された所長とやぶさんと俺は、いつものように業務をするだけ。



確かに、知念が。
会いたくて会いたくて仕方なかった知念が、そこにいたはずなのに。


もしかしたら、全部俺の都合のいい夢なんじゃないかって。
そう思ってしまうほどに知念の温度は事務所から消え去っていた。


意気地なしの俺が手放してしまったその温度は。
もう二度と手に入らないのかもしれない。











「やぶくん、今日は侑李の歓迎会してきなよ」

夕刻。
もうすぐ退社時間というタイミングで、所長のそんな声が聞こえた。

やっぱり知念はこの事務所に入って来たんだよなって、そう思うと自然と鼓動は速度を上げる。

「え、それはもちろんしますけど…
所長行かないんですか?」

「うん」

チラリと視線を寄せれば、所長は鼻をかきながら「そういうの苦手なんだよ」とこぼしていた。

らしいといえば、らしいけど。

「でも、知念くんは所長と飲みたいんですよ、きっと!」

そう、問題はそこだ。
知念は所長に憧れていたのに…。

中学のときからずっと。

知念の喜ぶ顔が見たい俺としては、
できることなら一緒にご飯に…と思ったのに。

所長のこぼした
「それなら、また個人的に誘うから」
なんて言葉ひとつに心をかき乱されてしまう。

きっと。
憧れの人である所長から誘われたご飯は知念にとって特別なものになるだろう。

中学のとき、俺が一生分の勇気を振り絞って誘ったご飯なんて、きっと知念の人生にとってはなんの意味もなかったんだろう。

そんな、悲しいほどのマイナス思考が頭を支配した。


なんで‘侑李’って呼んでんのか、とか。
知念の言った‘ご縁’ってなんなのか、とか。
……その薬指に輝いていた指輪の意味、とか。


マイナス思考を増幅させる要素はいくらでも見つかって。


いつからか考えることをやめていた
‘もし、もう一度会えたら’なんて想像。

前までは、想像するだけで胸が高鳴っていたのに。

今の俺は、
「…所長はブレないなぁ」
なんて、やぶさんが笑う声に、愛想笑いも出来ないほどに胸が痛んでいた。
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