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□独りぼっちの二人
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「進路懇談か……」

担任に配られた用紙を見て、隣の女子はため息を着いていたり、前の男子は片手を強く握りしめている。

俺はその用紙を机の中へ押し込んで、後ろに座る友達と話して。進路なんて…と考えるそんな弱い俺だった。


もうすぐ3年生なのに、進路の事なんて考えずに寒いとか言って学ランのポケットに手を突っ込んで歩いていた。生活指導の先生には注意されるけれど、寒い。

同じように寒そうに向かいから歩いてきたのは、名無しだった。彼女は二年間同じクラスで、とても女子らしいとは言えないが一番気が合う唯一の女友達だ。

「よっ」

「おっす、鋭児郎」

鼻を赤くして、寒いといって俺の隣に並んで歩いている。

「お前、教室に戻るんじゃねぇの?」

「鋭児郎見つけたから、鋭児郎と一緒にいる」

「俺、便所に行くんだけど」

「女子トイレ?」

「俺は男だ!」

「ちょ、やめ!」

いつものように擽らせれば、顔を真っ赤にさせて笑う名無し。
懲りたかと思って、手を止めれば彼女は涙ぐみながら俺の腹に拳を当てる。
腹筋に力を入れていたものの、殴りの力が強い。

「うっ」

「個性で効かないんじゃないの?」

「うるせー」

俺が言った時に、チャイムが鳴って結局便所には行けなかった。
急いで教室に戻っている間、横を見ればいたずらっ子のように笑う名無しの姿がある。


いつも俺の隣にいて、笑顔の名無しがいてくれた。



「で、無しどこの高校行くつもり?」

放課後、いつものメンバー。いつメンで進路の子と高校の話をしている時だった。俺はあまり話には関わりたくなかったが、仕方ない。

「そりゃ、雄英のヒーロー科でしょ」

「まじかよ!倍率やべぇのに!」

「お前、外見アホそうに見えて賢もんな。個性も強いし」

俺だけ反応できなかった。唇を噛むと鉄の味がしてその味がとても気持ち悪かった。

「鋭児郎もそうだよね。一緒にヒーローになってサイドキックになるんだ!」

俺に向けられた言葉。
なんで、そんな目で俺のこと見るんだよ。一人のメンバーが、名無しをからかうように笑いかけた。

「なんだよそれ。一昔前の漫画かよ!一緒にサイドキックになるって」

「違うし!鋭児郎の個性と私の個性なら相性がいいし、それに」

聞きたくねぇ……。
鞄を手に取って、俺は教室の扉を開けて廊下に出た。後ろからは俺を呼ぶ声が聞こえる。


昔から、俺は俺の個性がきらいだ。それを褒められると体と心が落ち着かねぇ。そうやって、俺は俺の個性を見つめないまま個性教育の授業を過ごしていた。

後ろからは誰も追いかけてこない。それも、俺が自己中心的に出ていったり機嫌を悪くしたからだ。
明日からは、あのメンバーと居づらいな……。


††

「…鋭ちゃん。行っちまったじゃん」

一人の声が静かな教室に響いた。
明らかに私が悪かったというような目線と空気。その空気から逃げ出したくて私は鞄を背負い鋭児郎を追った。




一年前、私は鋭児郎に助けられた。
中学生になってから、他の小学校と合併するわけで慣れない中で私はいじめられていた。
同じ小学校出身の人じゃなくて、違う小学校の人たち。何が原因かとかははっきりとわからないけど、今になってわかることは羨ましい気持ちが嫉妬と交じりあっていたんだと思う。

『おい、何してんだよ』

一人の男子が集団に声をかけた。その男子こそが鋭児郎で鋭児郎は本当にヒーローだった。私に手を差しのべてくれたときは、本当に嬉しかったし、私を助けてくれて、私と友達になってくれて。
私と鋭児郎は全ての事に息が合って、仲が深まっていった。

私は鋭児郎が一年の時に進学校を書く紙に雄英と書いていたのを見て、私も雄英を目指すことにした。
元々、ヒーローのことは好きだし個性を生かしたかった。

『鋭児郎!一緒にサイドキックになろう!お互いの!』

『お互いって……俺もかよ!』

『なろうよ!私、鋭児郎がどんな時だって支えられる自信あるよ』

そうやって、半ば無理矢理約束をした。私はその時から知っていた。鋭児郎がヒーローがどれくらい好きな事も、個性の事も。




「鋭児郎!!」

私は鋭児郎の名前を呼んで呼び止めた。振り向かない彼らしくない丸まった背中に私は後悔する。
サイドキックになると言ったのに。どんな時も支えると言ったのに。今、支えられなくてどうするんだ。

誰よりも漢らしくて、私を救ってくれた鋭児郎。今は私が鋭児郎を救う番だ。言葉が出ないまま、静かに鋭児郎の背中に頭を付けた。

「もし、聞きたくなかったら行っていいから……私、鋭児郎が誰よりも優しくて誰も見てない所で小さい所に気を遣ったり、誰よりも漢気があって。私はそんな鋭児郎と一緒にヒーローになりたい。それに私は鋭児郎の個性が好き」

すっと、頭から温もりが消えた。
転びそうになって、残念な思いが心に募りそうになった。



背中に回される温かい腕。そして、肩口にわかるその人の頭。

「すまねェ……」

何かをぶつけるよう。不安を分かち合うよう。鋭児郎は私の肩で嗚咽を漏らして、腕に力を入れていた。その体をそっと、擦り私も鋭児郎の胸に頭を預け目を静かに瞑った。



独りぼっちの二人



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