short

□花と海が交わるとき
1ページ/1ページ

この世の中がとても冷たく、虚しく、哀しい。
高校には入らずにここに来て数年。同級生だった人はみんなは学業に励んでいたり……。
私だけが浮いている、私だけが見放されているような気がしていた。

稼ぐお金は数百円程度、たまに大金が入ることがあってもそれは仲間で分け合う。

一番稼げていいのは銀行強盗。だけど、私たちの方針はそういう感じではない。

「ねー、名無しちゃん。この人、生きてるかなー?」

「死んでるよ。トガちゃん、血吸おうとしないで行くよ」

他人はイカれていると一言で片付けると思う。しかしそんな簡単な物でもない。深い深い闇が私の心身を奪い続ける。



トガちゃんと私は顔を隠しながら路地を歩いていると、左肩に鈍い傷みが走った。

「っと!!ごめんなさい!!」

男性とぶつかったようで、私は顔を上げると赤い髪のヒーローっぽい人が立っていた。ヒーローにしてはまだ幼い雰囲気だけど、この服は確かにヒーロー。

「どうしたのー?」
後ろにいるトガちゃんは指名手配されているから、見つかるとヤバイかも……と私は彼女にジェスチャーでここから離れるように指示する。

私と彼女だから、殺すことはできても……。


「こちらこそ、すみません」

素直に私は愛想笑いをして彼に微笑む。これで大抵の人は許してくれるはず。すると、彼は私の顔を穴が開くほど見てぱっと目を見開いた。

「………無し?」

その言葉に私は笑顔を作れなくなった。なんでこの人は、私の苗字を知っているんだろう。
声のトーン、顔立ち、目元の傷……ヒーローになりたいと言っていた彼。地味なのが嫌だから、派手になりたいと言っていた

「切島……?」

私が声に出せば嬉しそうな顔をして、よく漫画であるキラキラオーラが出ている。久しぶりとも、変わったなとも言われず私と彼は突っ立ったまま。

何か用事がある筈なのに、私の前から立ち去ろうとはしない。

ここで何をしているか、と私は聞きたい。切島と何をしているのかを聞きたいだろう。
だけど、私と彼はもう普通に話したり仲良くはできない関係にはなっている。彼も悟ったのか、私の目を見ているだけだ。



切島が口を開け何かを言おうとした時、私は上に忍び寄る影を見て咄嗟に彼を押し倒し、私は覆い被さった。
たまたまではない口付け。戸惑う切島。私の背中に流れる血。

大人らしい口付けなんてしたことはないけれど、いつか見た映画を思い出して洋画であるようなキスをした。彼の耳を押さえて。


「なんで、名無しちゃんが庇うの?この人私たちの敵ですよね?なんで……」

トガちゃんの声が後ろから聞こえる。切島を刺そうとしたのになぜ私の事を刺してしまったのか。私がなぜ庇ったのかを戸惑っている。

唇を離したと共に切島の言葉が響いた。

「っ……名無し」

その私の名前を呼ぶ声を聞いて、胸が熱くなった。自意識過剰でもいいから思い違いでもいい、切島が私の事を好きだと思っていると思いたい。


「名無しちゃんはその人が好きなんですね。その人も名無しちゃんの事が好き」

トガちゃんの言葉が頭の中でリピートされる。私は切島と目を合わせたまま、二人の吐息だけが漏れていた。気付けば、私と切島は汚れた地面も時間も気にせずに無我夢中に唇を合わせている。私は背中の痛みやドクドクと流れる血の感覚なんてわからなかった。


彼の目元や、頬は涙に濡れてなんで泣いているんだろう、なんでこんなに切島が色男に見えるんだろう、なんて考えていた。


だけど、その思考はいつか無くなって私は眠たくなってきた。寒い、眠い、が重なって彼の胸元に顔を寄せた。

「……血??なんで血こんなに出てるんだよ!名無し!」

小さく聞こえる彼の声。私を呼んでいる。眠たいけれど、彼に応えないと。目を薄く開けるとまた雫が頬を濡らしていた。


「鋭児郎……すきだよ」

「名無しっ……俺も、俺も好きだ」


その声を聞いて私は彼に微笑み、その後に真っ暗な深い眠りに落ちた。


花と海が交わるとき



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ