素敵小説

□てのひらのしあわせ
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「これ」
「え?」


通路での擦れ違いざま、唐突に大きな拳を突き付けられて、ミリアリアは反射的に手を差し出してしまった。
開いた手のひらに何かを乗せられ、決して零れ落ちてはならないと言わんばかりにぐっと握り込まれる。
かさりと乾いた音がした。


「………なに?」


首を傾げて見上げると、ディアッカはついと目を逸らし、何故か不貞腐れたような顔でぼそりと呟いた。


「やる」


手のひらの感触だけでは何を渡されたのかまではわからない。
ただ、それが硬質なもので、薄い何かに包まれていることはわかった。
頭の片隅に過ぎるのはどこかの部品。ボルトか何かの小さな部品を拾って、ご丁寧に紙に包んでくれたのだと思った。


「わざわざありがとう」


素直に礼を述べると、彼は一瞬驚いたように目を丸くしたが、また直ぐに目を逸らした。


「…別に。貰ったから」


「貰った」という言葉に多少の疑問符が浮かんだが、誰かに押しつけられたものを自分に渡してきたのだろうと把握できた。倉庫の管理を任されているのがミリアリアだから。


「わかった。ありがとう」


もう一度礼を言うと、ディアッカは小さく頷いて踵を返した。


去って行く後ろ姿を眺めながら、ミリアリアは再び小首を傾げる。
いつもの斜に構えた様子とは違う態度だった。
どこか具合でも悪いのだろうか。疲れているだけならいいのだけれど。

また顔を合わせたら尋ねてみようと決めて、ミリアリアはブリッジに向かおうとした。
半重力に身を乗せるため壁に手を付こうとして、ふと自分の手が握られていることに気付く。
ブリッジに戻る前に倉庫へ寄ったほうが良いかもしれない。
そう思いながら手を開いた。


「……え?」


部品だとばかり思っていたものは、ミリアリアが予想していたものではなかった。
透明のセロハンに包まれた、オレンジ色の丸いもの。
指で摘んで目の前に翳してみると、照明の光を取り込んでキラリと輝いた。


「……キャンディ?」


わけがわからなくて、小さな包みを凝視する。
一体何故こんなものを。
『貰った』と言っていたから、それを自分に回してくれたのかもしれない。
それなら何故あんな態度で。

なんとなく腑に落ちなくて指先で弄んでいると、ふと、セロハンの端に何かが書かれていることに気付いた。
小さな小さな黒い粒に目を凝らす。


「……ちょこ? うま、かった……?」


ミリアリアは弾かれたように顔を上げた。
彼の姿はもうない。

思い当たる節がひとつある。
ちょうど1か月前のこと。
日頃の労を労うため、バレンタインデーにチョコレートを配ろうと艦長が言った。
それは男性全員に配られたもので、飾り気のない小さな一口チョコだ。
それでも『嗜好品など滅多にお目にかかれない』と男性陣はとても喜んでくれた。
彼もその中の一人で特別な気持ちを含んだものではなかったし、何の変哲もない小さなチョコレートひとつを渡したくらいでお返しを期待するわけでもなかった。


それなのに。


「あいつ……」


必要な食料物資でさえ確保するのが難しい宇宙で、この小さな飴玉を手に入れるのにどれだけ苦労したのだろう。
ミリアリアより二回りも大きな手で、この小さな小さな文字を四苦八苦しながら書いたのだろうか。

次に会ったらきちんとお礼を言おう。
目の前で食べてみたら、一体どんな顔をするかしら。

恥ずかしがって慌てる姿を想像して笑みが零れた。


手のひらの小さな粒を握り締める。
ブリッジへと続く道を進みながら、胸の真ん中がじんわりと温まるのを感じていた。
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