欅坂長編
□孤高のマエストラ 〜第一章 ouverture〜
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守屋side
今日も親友兼、恋人の家へと向かう。
「友香〜?来たよ〜?」
ドアの前の呼び鈴をゴンゴンと叩くけど、中から返答はない。
・・・またか。
そう思って、渡されている鍵で勝手に中に入る。
綺麗に整えられた調度品と落ち付いた雰囲気の室内、大きなシャンデリア。
・・・相変わらずの豪邸だ。
広いリビングを足早に通り抜けて、書斎へと向かう。
いつもの本を抜き取って、見えた奥の隠しレバーを降ろすと、ガコンという鈍い音と共に、本棚が横にズズズっとずれて、その先に伸びた暗い階段。
「・・・・・。」
少しぞくっとしながらも、歩みを進める。
階段を下るたびに近くなる、音。
綺麗なのになぁ・・・・。
階段を下りて、見えた扉の隙間から漏れる光。
そっとドアを開けて、中に入る。
目的の人物は、そこに居た。
・・・ただ、私の存在には気づいていない。
相変わらず無防備だな。
そっと後ろから近づいて、両肩に手を置く。
「きゃあぁぁ!!!!」
びくっと大きく身体を震わせて、悲鳴を上げた友香。
「こんな時代に、ピアノに夢中になりすぎるのなんて無防備ですよ〜、音楽家さん?」
そう言うと、両手を胸に当ててこちらを見上げてくる。
「あ・・・・あかね?もう、びっくりさせないでよっ!!」
そう言ってから、肺の中の息を全部吐き出してしまう位に深く息を吐いた友香。
「もうっ、夢中になりすぎると周りが見えなくなるんだから。・・・・本当、気をつけてよね?」
「・・・・うん、ごめん。」
あぁ・・・もっと友香のピアノが、曲が、音楽が、世界や世間に認められればいいのに。
そっと友香の髪を透きながら、そう思った。
「どうしてこの世界は、音楽が禁忌なんだろう・・・。」
ぽつりと友香が呟いた。
そう。
この世界は、音楽が禁忌とされているんだ。
作曲も演奏も聴くことも、歴史を調べることも。全てが禁止されている。
・・・もし音楽に関わっているところを政府に見つかれば、拘束は免れられない。最悪の場合、処刑される危険もある。
だから私は、そんな政府と世界の考え方を変えたくて。
友香の音楽を、才能を、いつか世界の人に認めて欲しくて。
「・・・・とうとう私を拘束しに来たの?軍人さん?」
今にも消えてしまいそうな弱々しい笑みでそう言った友香。
「まさか。それに・・・軍服を脱いでるときは一応、思想家を名乗ってるんで。」
そう。私は政府を「中」から変えるために、軍に入った。同時に、哲学や思想の研究も進めている。
人の本質を追究しながら、それを反映させられる地位があればきっと、この世界を変えられる。
「そうだった。思想家さん、今日のご飯は何がいい?」
「ん〜・・・肉が良いかな。」
「よし、じゃあ早速市場に行こっか。」
そう言って、ん〜っと伸びをしてから立ち上がる友香。
ピアノの譜面台に置かれた紙を覗きこむと、また新しい曲が書きこまれていた。私は楽譜がほとんど読めないけど、さっき聞こえてきた音から、穏やかだけど切ない曲だっていうのは分かった。
「まだ完成してないし、タイトルも決めてないんだ。・・・この曲調、嫌いだった?」
「・・・ううん。すごく綺麗だし、素敵だった。・・・また聴かせて?」
そっと頬を撫でながらそう言うと、今度は嬉しそうに淡く笑った。
「・・・友香。」
「・・・ん。」
唇を撫でながら名前を呼ぶと、そっと目を閉じる。ゆっくり顔を近づけて、もうすぐ唇同士が触れそうになるというところで
ぐぅ〜〜〜。
部屋中に鳴り響いた音。・・・・もうちょっとタイミングというものを図ってくれよっ!私のお腹の虫!!!!
恥ずかしさで俯いていると、くすくすという笑い声が聞こえた。
「っ、あははははっ!!!」
堪え切れなくなったのか、声を上げて笑う友香。
「・・・・ごめん。」
「ううん、私こそごめんね。お腹空いてるのに、探しに来てくれたんでしょ?・・・・早く行こう。」
そう言って私の手をそっと握る。
その温もりを感じるたび、この人を守りたい。
・・・そう思うんだ。