龍物語

□モノポライズ
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ジェラルミンケースの中身は大して重くはない筈なのだが、今日はやけにグリップを握る手が汗で滑る。
揺らさぬよう慎重に持ち直した城戸の額には僅かな汗が滲んでいた。
一度の僅かな衝撃で全てが台無しになってしまう。もちろん失敗は許されない。
何時もなら待つのが面倒なエレベーターも、今日ばかりは階段で下手に“ブツ”を揺らす訳にはいかず。
大人しく乗り込み、降りて左手すぐの事務所の前で一呼吸すると、意を決してアルミニウムのドアをゆっくりと開けた。
だが敢えてノックや声を掛けはしなかった。
──それが“合図”なのだ。
ドアの隙間から見えたソファーでは相変わらずここの城の主である秋山駿が長い脚を無造作に放り出し、下世話な三流雑誌を光避けに顔へ被せて昼寝中のようだったが、今日はこの男に用はない。
慎重に一歩足を踏み入れれば即座にここの門番──基、秘書の花がパソコンからは顔を上げないまま鋭い視線だけを此方へと寄越す。
それだけで全ては通じ、静かに頷いて事務棚には当たらぬよう花の横に立つと、城戸はいつの間にか綺麗に片付けられたデスクの上へとケースを静かに置いた。
「例の“物”はこの中に」
言葉少なく手短に。圧し殺した声でそう囁くと手慣れた仕種でケースを解錠し、上蓋を持ち上げて花に中を見せ付けた途端。
「きゃぁぁぁああああッッ!!!」
「うっわ!ちょっ、声デカイですってば!」
悲鳴に等しい歓喜の声に慌てて城戸は制止しようとしたが、時既に遅く。
「ッ、花ちゃん!?」
花の声に惰眠を貪っていた筈の秋山が慌てて飛び起きた。
しかし城戸の気まずそうな表情と相反して目を輝かせる花の様子を瞬時に確認すると、つまらなさそうに欠伸を一つ。
その芝居がかった態度に城戸は平静を取り繕ってはいたが、腹の中では舌を打っていた。
……だから起こしたくはなかったのだ。
「社長!見てくださいよ!cassoのイチゴタルト!城戸さんが持ってきて下さったんです!」
花は興奮冷めやらぬまま満面の笑みで丁寧にラッピングされた箱を取り出すと、秋山にそれを自慢気に見せつける。
「良かったねぇ、花ちゃん」と秋山は同調するように頷いてみせたが、その視線はケーキの箱よりもジェラルミンケースに向いているようだった。
「それにしても本職が素人相手にヤクザ“ごっこ”とは平和だねぇ。金村興業さんはそんなに暇なの?」
白のスーツにメイクデザイナーが持ちそうなタイプの立方体のジェラルミンケース。それを交互に見ながら秋山は眉根を寄せる。
さっきまで寝ていたくせに、こういう所には目敏く察する洞察力は相変わらず抜け目がない。
「あぁ、その辺はご心配なく。このケーキは『もし仕事で蒼天堀の方に行く事があれば買ってきてほしい』って、花ちゃんに前々から頼まれてたモンなんですよ」
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