ある本丸の話

□不機嫌な理由は
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  「ねえ、あとどのくらいで終わるの?」
髭切はつまらなさそうな声をあげる。

 「それさっきも聞いてきたけど、まだ終わんないよ」
私は彼を見ることなく目の前の書類に書き込んでいきながら答える。この質問はもう何回目だろうか。つい30分ほど前にも同じ質問をされた気がする。



 「えー……。僕暇なんだけど」

 「なら、今日の近侍さんもお仕事―――」

 「あ、なんか喉渇いたなぁ。お茶入れてこよー」

私の要求を見事に遮った、今日の近侍の髭切は立ち上がり、るんるんという感じに執務室から出て行った。


 「っえー……」

私は呆然と彼が出て行った方を見るしかなかった。


 自由刃だな?!どうしても近侍にして欲しいと自分から頼み込んできておいてどういうことなんだろうか?しかも、弟の膝丸に兄者もこんなにやる気になっているのだ!どうにか頼む!と頭下げさせておいてー?!

これは一度はっきり言わないといけない気がする。とはいえ、彼がちゃんと聞くとは思わない。またペースに飲まれてしまうんだろうなとため息を吐いた。膝丸や長谷部を同席させても効果はないしなぁと考えて、やめた。仕事を早く終わらそう。




 「ただいま。君のもあるよ」

 「あ、うん。ありがとう」

 「あと、食材切君がおやつをくれたよ」

 「燭台切、ね」
 
 「えっと、なんだっけ。ふんだんしょこらだったかな?」

 「うん、惜しい。フォンダンショコラだねえ」

 会話しているうちに髭切が机の上に並べてくれた。



 「じゃあ、たべよっか」

 にっこりと花が咲いたかのように笑う彼に対し、書類が中途半端だから後でいいよとは言えず、仕方なくフォークを受け取った。笑顔には有無は言わせないと書かれていたような気がしたからだ。


 「はい、あーん」

 「えっ、自分で食べられ――むぐぅっ」

 無理やり押し込まれた!!でも、美味しい。流石光忠。



 「美味しい?」

 「うん」

 「僕にも食べさせて」

 あー、と口を開ける。今日の髭切面倒くさいなと思い、じと、と彼を見れば、

 「短刀がよくて何で僕はダメなの」
とムッとした。

 「あー、もうわかった。今回だけだからね」

一口大に取り、口に運んでやる。これ、あれだ、ひな鳥に餌をやる親鳥みたいな、そんな気持ちになる。大きい刀なんだけどたまに子供みたいなところがある。


 「おいしいね」

咀嚼を終えた後、にっこりと微笑む。どうやら機嫌は良くなったらしい。たまに子供みたいな要求をしてくる髭切にこうして手を焼かされる。そういうときに限って膝丸がいない。


 「はい、あーん」
とまたフォークを差し出してくる。

 「え、もういいよ!自分で食べられ――ふぎゅっ」

 「美味しいね?だって僕が食べさせてあげてるんだから」

にっこりと音が着きそうなくらいに微笑む彼を見て少しの違和感を覚えた。

 もぐもぐごくんと飲み込み、お茶を流しこみ、あれ?と思う。
 おかしい。機嫌なんか良くなっていない……。そもそも髭切は元から機嫌が悪いんだ。どうして?


 「ねえ、髭切、」

 「ほら、あーん」

 という調子で遮られ、この後も面倒くさい方法でフォンダンショコラを食べさせ合った。

恥ずかしさよりも髭切の様子の方が気になって、もう味なんかわからなかった。



 「ねえ、髭切。私、貴方に何かした?」

 「わからないの?」

 食べ終わったお皿を重ねながら答えた。

 「え。ごめん。何も思い当たらない」

 「ふーん」
一通り片した髭切は頬杖をついてこちらをじーっと見る。


 あの温厚な髭切を怒らせてしまうとは私はよっぽどのことをしてしまったらしい。私は必死でここ一週間のことを振り返るが、何も思い当たらない。そもそも髭切にお願い以来、彼とは接していない。


 「本当にわからない?」

 「わからない。だってここ数日髭切と接してないでしょ?何もしてないはずなんだけど」

そう言えば、彼はこちらを黙ったまま見つめている。なんなんだ。目を逸らしたら負けなような気がしてしばらく私たちは見詰め合う。そして痺れを切らしたのか髭切は大げさにため息を吐いてムスッとした顔になった。


 「本当、君はまだまだだね」

 「ちょっと!貴方の元主たちと並べないでよ!敵うわけないんだから」
正直少し気にしていることを言われ、しょんぼりする。

 「君の事は好きなんだけど、そういうところが嫌かなー」

 「は」
そういうところって?

 「僕の気持ちなんて考えもしない」

 「うん?」
髭切は私の反応なんてお構いなしらしく言葉を続けた。

 「弟には構うのに、僕には構ってくれない」

それは、今膝丸が部隊長だからだと言っても、この様子では聞いてはくれないだろう。

 「それに初期刀の彼としょっちゅういるし」

うん、山姥切とは付き合いが長いからなにかとお願いしやすいから自然と接する回数は多くなる。私自身気をつけているつもりだが、他人から見てどうなのかはわからない。少なくとも髭切はそんな私を不満に思っているということだ。

 「近侍だって頼まないとさせてくれないし」

確かに髭切を近侍にしたことは数えるほどしかない。ここまで聞くとだんだん自分が悪い人間だと思わざるを得ない。正直そうなのかもしれないけれど。

 「……僕だって君と過ごしたいのに」

 「そっか……。気がつかなくてごめんね」

 「ううん。僕こそごめんね」

 髭切は力なく微笑む。こんなにしおらしい彼ははじめて見た。

ちゃんと謝らないとと、思い髭切の隣に移動した。腰を下ろすと同時に、ぐいっと引っ張られ、髭切の腕の中に閉じこめられた。彼の香りと熱を感じ、どきりとして身体を離そうとしたが、それは許されず、逃すまいと腕に力を込められた。さらに首筋に顔を埋められ、髭切の髪の毛があたり、いろんな意味でこそばゆい。

 「ひっ髭切?!」

 「なあに?」
彼の声は上機嫌そのものだった。耳と首筋に感じる吐息にびくりとしてしまう。 

 「君って結構だまされやすいよね」

 「は?」

 ふふっと笑いながらいう髭切にやられたっと思ったがもう遅い。あのしおらしい態度は演技だったらしい。なんて賢い刀だろうか。

そして、あるじさまってちょろいですよねと今剣に言われたことを思い出した。

 「けど、こうまでしないと君とは過ごせないからね」
ぎゅっと腕に力が篭る。

 「うん?」

 「君はいつも誰かといるし、弟が僕を探しに来るし」

 最後の言葉は妙に納得してフッと笑ってしまったのは許して欲しい。

 
 「ねえ髭切、いつでも来てくれて良いんだよ?」


 「それじゃあだめなんだ」


 どういう意味だろうか?と考える。

 「君から会いにきてくれないと」

 「え?」

余計に髭切の言いたいことがわからずに彼の腕の中で首をかしげる。

 ちゅっ

そんな音と共に首筋に柔らかいものがあたった感触がした。それが髭切の唇の柔らかさであることに気がついた瞬間、私の心臓はドッドッドッと相手に聞こえるんじゃないかというくらいに鳴り出す。

 「なっ!ひ、げきり?!」
バッと顔を上げれば、少し目を丸くしたがふわりと微笑まれた。
 
 「足りない?」

 「いや!もう充分です!!」

蕩けそうな目で言われ、恥ずかしくなった私は顔を伏せてそっぽを向く。


 「んー、残念。……ありゃ、真っ赤だねえ」

彼は髪を耳にかけながら楽しそうにかつ、悠長に言ってのけた。

 誰のせいで、だ!!!と叫びたくなったが口をぱくぱくさせただけで何も発することは出来なかった。


 「君が僕のことだけ考えてくれてたらいいのに」
 
少し低めの声で呟くようにそう言い、また私をぎゅっと抱きしめた。動揺して色々とわけがわからなくなった私は髭切が満足するまでおとなしくすることにした。








 仕事は終わらなかった。

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