ある本丸の話

□彼の意図
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 珍しく本日分の仕事が終わり、たまには本丸を散歩してみるかと主は縁側を歩いていた。外からは皆で遊んでいるのかにぎやかな声が聞こえる。

 「おや」

 縁側に放置されたスケッチブックとクレヨンがあった。 子供のなりをしている彼らはやはり子供らしいところがあるのだろうか。片付けるのを忘れてしまうほど夢中になれるものを見つけてしまったようで微笑ましく思った。

 踏まれてはいけないと片そうとスケッチブックを拾いあげると秋田藤四郎と名が書いてある。ぺらりとめくれば、鳥や虫などの絵が描いてあった。彼らしい絵だなと微笑ましく思う。他のはどうかとめくっていると一期一振がやってきた。


 「主殿!申し訳ない。弟たちには後で」

 「ああ、一期。気にしないで。それより、見て」
 主はあるページを一期に見せた。そこには似顔絵と『いちにい』と名前がかいてあった。

 「上手だね。誰のかな。あ、乱ちゃんのだ」
 ふふと笑い、別のスケッチブックを開く。

 「これは五虎退のだね。それにしても皆一期描いてるね。本当お兄ちゃん好きなんだね」 

 「光栄ですな。……おや」
 ぺらりと一期がページをめくり手を止めた。

 「主殿、こちらを」
 一期から渡された数冊のスケッチブックを見れば主が描かれていた。

 「ふふっ。嬉しいな。私こんなに可愛いかな?なんだか照れちゃうね。今度私も一緒におえかきしようかな!」
 恥ずかしさのあまり、饒舌になってしまう。

 「ええ。主殿はとても可愛いお方ですよ」

 「へっ?」
 思わず一期を見た主は見なければよかったと後悔した。きらきらと蕩けるような笑顔を浮かべた彼と目が合ってしまった。

 「ただ、いささか思うところがあります」
 一期は腕を組みあごに片手をやり、真剣な素振りでこちらを見た。

 「え、何……?」
 日ごろ、ぐーたらしてしまっているなど目に余る部分が多々あると自覚しているため、主は思わず身構える。

 「弟たちばかりずるいと思うのです。たまには私も気にかけて欲しいものですな」
 そう言ってにっこりと微笑んだ。

 「ほっ?」
思わずぽかんとした顔をした。

 「私だって妬いてしまうのですよ?」
彼は少し寂しそうな顔をした。

 「え、あっ……その!気がつかなくてごめんなさい!?」
まさか一期一振りにそんなことを言われるとは思わずに私はどぎまぎしてしまった。鯰尾や骨喰に言われたのなら私も仕方がないなぁとにやにやへらへらしながら接しただろうが、一期一振りはどうみても成人男性だ。弟の彼らとは訳が違う……気がする。

 「そ、そうだよね?!長男でも甘えたいこともあるよね?!」
きっとそうに違いない!これには深い意味なんてないんだ!と私はドキドキしながらも自分にも言い聞かせるかのように言った。

 「ええ」と一期はふんわりと微笑んだ。

 「え、えっと……」

 「では私も甘えさせていただけるのですね?」

 「うっ」
ここまで言っててダメとは言えなかった。にこにことする一期はもう有無は言わせないという表情だ。あれ、なんかデジャヴ?

 「では、弟たちがしてもらっていることを私にもしてください」

 「は?」
 
私はフリーズしてしまった。普段していることと言えば、一緒に遊んだり、おやつ食べたり、頭撫でたり、抱きしめたり、一緒にお昼寝したり……と考えたところでハッとした。もしかして、この御方はそれをわかってて?!まさか私墓穴掘ったんじゃ……?こんなことは出来ない!恥ずかしくて死ねる!と一期をぎこちなく笑いながら見上げる。

 「主殿?」
まさかここまできて今更出来ないなんていいませんよね?と顔に書いてある気がしてならない。あの素敵な微笑なのに今は何故かとてつもない威圧を感じざるを得ない。

 「い、一期、あの……」

 「なんでしょうか?」

 「ぐ、具体的に何して欲しいのかなーって」
 
 「そうですな。では、主殿こちらに」
 一期は少し考える素振を見せて目の前の部屋に私を誘導した。

 「え?うん」

 私は部屋に通され用意された座布団に座った。すると、一期は私のももに頭を乗せた。いわゆる膝枕だ。

 「これはなかなか心地の良いものですな」
 
これは褒められているのだろうか。寝心地が良いと言われるのは嬉しいけど、なんだか複雑だ。でも彼は悪意を持って何かを言うような男士ではないので褒められているのだろう。

 「これは弟たちもねだるわけですね」
そういうとクスリと笑った。
 
 ふふふとご機嫌な一期に対し、私はドキドキとして、下は向けないわ、手持ち無沙汰になるわで落ち着かない。

 「主殿」

 「えっ!何かな?!」
やはり下は向けなかった。

 「弟たちにしてくれるようにとおっしゃいましたよね」

 「っ!!」

 この一期一振、どこまで知っているのだろうか。確かに、頭を梳いてやったり、撫でたり眠らせたりとしているのだが、そんなことまで逐一長兄に報告しているのだろうか。

私は手を出したりひっこめたりして彷徨わせている。確かに、目の覚めるような青いつやさらな髪に触れてみたいと思ったことはあるけれど、こんな状況で触るのは流石に恥ずかしさもあり、ためらわれる。そんな私に気がついてか宙を彷徨う手を一期は掴んで頭に乗せた。

 「どうぞ」

 「あっ、はい。どうも」

 ええいままよ!と私は毛の流れに沿って髪を梳いていく。一期の髪は見た目どおりのさらさらだった。撫でているうちに気持ちは落ち着き、私はいつも彼の弟たちにやっているようにした。
しばらく無言で外の音を聞きながら過ごす。遠くで笑い声が聞こえる。

 「こういうのもいいですな」

 「そうだね」

 「弟たちの声を聞きながら主殿と過ごす……。まるで恋仲……いえ、夫婦のようですな」

 「?!」 

からからとあっけらかんに笑う一期一振に私は動揺した。言われたことを少し想像してしまったからだ。

 「おや、お顔が真っ赤ですな。想像してしまいましたかな?」

 「なっ!?」
今日の一期は意地悪だ。

 また彼ははははっと笑う。さっきから恥ずかしくて一度も顔を見ていないけど、心底楽しそうな顔をしているんだろうということは容易に想像できた。

 「主殿」

ふと、頭にやっていた手を掴まれて驚いて彼を見た。

 「何?」

一期はそのまま私の手首に口付けた。私にはそれが何を意味するのかはわからなかったが、私はピキンと固まってしまった。一期一振はこんなことをするような男士だっただろうか、など色々と駆け巡った。

 「え?」

固まる私に一期はにっこりと微笑んだ。その目の奥には熱を感じた気がして、私は彼の蜂蜜のような色の目から目が離せなかった。

 その時、ドタドタという足音が聞こえ、一期は名残惜しそうな顔をし、そちらを見て起き上がった。そして、いち兄!とスケッチブックを放置していた彼の弟たちが部屋に飛び込んできた。そして、彼は縁側に放置したら危ないとか、主殿が片付けてくださったなどと弟たちに言い聞かせた。

 「主殿、お手伝いありがとうございました」

振り返った彼はいつもの兄の顔をしていた。





そのあと、たまたま見かけた雑誌の特集を見て度肝を抜かれた。一期がキスの意味を知っていたのかは今となってはわからないけれど、しばらく一期をまともに見られなかったのは仕方が無い。



「手首」:欲望

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