ある本丸の話
□狐と茶番と
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縁側でまったりしていたらどこからか猫が迷い込んできたらしく、私の膝の上に乗り、寝た。野良猫かと思ったが、綺麗な毛並みと肉球だったので飼い猫なんだろう。私の膝の上に乗るくらいだし人間に慣れているのは確かだろう。すやっと眠る猫を撫でながら私もぼんやりしていた。動物って癒されるよね。
「なっ!」
30分ほど経った頃だろうか。誰かの声とカシャーンと何かが落ちる音がしてそちらを見れば小狐丸がいた。足元には私がプレゼントした櫛が落ちていた。顔を見ればショックを受けた表情をしている。
「ぬしさま!あんまりです!」
「えっ?」
「この私というものがありながら!」
なんだこの彼氏の浮気を目撃した彼女みたいな反応は……と思っていれば、ああ、猫かと納得した。だからといってなんでこんな修羅場を演出されているのだろうか。 しくしくと泣き真似をする小狐丸と目が合う。ああ、茶番にのらないといけないのだなと理解する。今度はなんの昼ドラを観たというのだ!
「小狐丸?!どうしてこんなところに?!これは違うんだ!」
「違う?一緒にいるのに何が違うというのです?」
「ぬしさま、どういうことなんです?あの方は誰なんです?」
と聞きなれない声がして驚いて彼を見れば器用にも裏声を使って猫の気持ちを代弁していた。
「まさか私とは遊びだったのですか?!」
「なっ?!猫!そんなわけないだろう!」
私は猫を見て言う。
「ほらやっぱり違うなんて嘘だったのですね!」
「ぐっ!違うんだ!これは!」
などと茶番を繰り広げる私たちがうるさかったのか、どうなのかわからないが、猫は私の膝から下りてどこか行ってしまった。かわいそうなことしたなあと思う。
「うるさかったみたいだね……」
「少々可哀想なことをしましたかね」
「思ってもないくせに」
「おや、ばれてしまいましたか」
はははと笑いながら私の横に腰掛けた。
私が手のひらを出すと小狐丸はすっと櫛をのせた。私は彼の後ろに回り込み、膝立ちになる。髪紐を解き、髪を梳いていく。相変わらずさらりとした手触りのいい毛並みだ。羨ましい。
「んー可哀想なことしちゃったな」
「ぬしさまは優しいお方故、無理にどかすことなどできないでしょう」
「そんなこと……」
出来ない気がする、と詰まっているとふふっと小狐丸が笑う。
「今度、見かけたら謝ろ…」
私はそう心に決めた。またきてくれることを願おう。次はお詫びに何かおやつでも用意しておこう。そう思いながらもすっすっと手を動かしてゆく。
「こんな感じで良い?」
「はい、ありがとうございます」
確認をしてもらってから髪紐を結ぶ。
「では、ぬしさま、お座りください」
「え」
「たまには私にもさせてください」
「え、そんな、いいよ……私は」
私の髪質はお世辞にも良いとは言えないから恥ずかしい。手入れも最近はさぼっているし。
「まあまあ」
と肩を掴まれ座らされた。抵抗したところで体格の差で負けてしまうため、これ以上の抵抗はやめた。それにこれは小狐丸からの厚意だ。断るのも失礼だ。すっすっと次は私の髪を梳いていく。手馴れているせいか心地よい。
「たまにはこういうのも良いでしょう?」
「そうだね」
「男士も増えてきたのでこうやってぬしさまを引き止めないと独り占めできないのですよ」
「それは……小狐丸はもっと私と居たいって思ってくれてるってこと?」
「ええ」
ポロリと出た自分の発言に恥ずかしくなってしまう。顔が熱くなる。しかも肯定された。
「おや、照れていらっしゃるのですか。耳が真っ赤です」
「もー!からかわないでよ!」
私は彼のほうに振り返って抗議した。
「かわいらしくてつい」
ふふふっと笑う小狐丸はとても嬉しそうに笑う。
「〜〜〜っ!!」
「ぬしさまの表情が私の言動でころころと変わることが嬉しいのですよ」
と私の真っ赤な耳を触り、ふっと微笑み前髪に唇を軽く落とした。
「なっ!?」
「これも野生ゆえ仕方がありませぬな。本能というものには抗えませぬ」
と上機嫌な小狐丸に、惚けてしまった私は何も言えなくなってしまった。
いや、野性だからって何でも許されるわけじゃない!と思ったのは布団に入ってからだった。