ある本丸の話

□怪我の余韻
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 夕飯の準備中に起こったことだった。
 その日は光忠も歌仙も遠征でおらず、久々に厨に立つことになった。厨のボードに貼られた献立を確認し、気合を入れた。料理の得意な男士が来てからはほとんど厨に立つことがなくなったため、私は少し浮かれていたのだと思う。メインディッシュはとんかつだった。忙しいのにも関わらず、光忠と歌仙は出陣前にも関わらず、あとは揚げるだけの状態にしてくれていた。ありがたいなと思いながら冷蔵庫からキャベツを取り出し、千切りをしていた。今は薬研と二人だ。あとから内番を終えた男士たちが手伝いに来てくれる手はずになっている。

 「いっ!」
久々だったせいなのか、不注意だったからなのか、指を切ってしまった。
 「あー。やっちゃったー」
 「どうした?大将」
声を聞きつけた薬研が私の元へやってきた。

「切っちゃった」
あはは、ださいね私と笑うが薬研は眉を寄せた。切ったところが悪かったのか血が結構出ている。とりあえず流水で軽く洗い流す。
「見せてくれ」
「こんなの数分待てば止まるし、絆創膏貼っとけば大丈夫だよ」
大げさにしないでくれと気を遣ったのがいけなかったのか、薬研はより眉を寄せた。


「何言ってんだ。そのまま化膿しちまうかもしれないんだ。おとなしく見せろ!」
ぐいっと強引に手を取られ、慣れた手つきですばやく止血をしてくれる。
「薬研…」
きゅんとした。さらりとこんなことを出来てしまう彼がとても頼もしい。
とはいえ、血はたくさん出てるけど浅く切っただけで本当大丈夫だったんだけどなと思いつつも、薬研に従った。従うしかなかった。手を掴まれたままだった。



「きつくないか?」
「うん。ありがと」
大げさにも包帯を巻かれた。今日は衛生的にも、もう厨で作業はできないなと思い凹んだ。それにしても綺麗に巻いてくれたものだと感心しながら包帯をじっと見つめていると薬研は私の手を取り、

「ちゅ」
と怪我をした指に唇を寄せた。それは傷を優しく労わるようにだった。
「えっ」
それは思考を停止させるには充分だった。包帯ごしなのに熱を感じてしまい私は一気に顔が熱くなった。
薬研はすっと顔を上げ、
「気をつけろよ。たーいしょ」
ふっと艶のある微笑を間近で見せられた。え?何に?薬研に?怪我に?と困惑するばかりだった。
「あとは俺っちたちがやっとくから大将はおとなしくしとけな」
と頭をポンポンと撫で、薬研は部屋から立ち去った。私はそれをただただ見送っていた。

夕食は私が一人混乱している間に出来上がっていた。



ご丁寧にも薬研は毎日包帯を取替えにきてくれた。でも、何事もなかったかのように接してくる。私は綺麗に巻かれた左指の包帯を見てはあの時の薬研を思い出し、恥ずかしくなって頭を抱えた。薬研は何であんなことしたのだろう。

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