西尾維新系

□雫
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ヒラリ、ヒラリ。 そんなふうに。

灰色の空から六花が舞う季節。

彼らが歩む地も、白に染まりつつあった。

「否定姫……」

「なぁに、七花君」

「何か寝不足に見えるけど、平気か?」

「あら、それなら七花君もじゃない」

団子屋で相変わらずの格好をして、団子を何本も脇に置いている七花が否定姫の体調を気遣った。

「七花君が私の心配をしてくれるなんてね〜。ちょっとは認めてくれたのかな?」

「――いや、もしかしたら、同じ夢を見たのかな…って思ったんだよな」

一端食べかけた団子を脇に置き、お茶をすする七花。椅子の上でも行儀悪くあぐらをかき、膝の上で頬杖をついている。

だが、注意したところで自分の言葉は聞き入れてもらえないということが分かり始めた否定姫は、特に何を言うでもない。

言う代わりに、頭の右側につけている仮面を軽く撫でた。

――あなたにお仕えした私が愚かでした

そう、夢の中で言った、彼の遺品。

「七花君、教えといたげるわ。人と同じ夢なんて、そうそう見れるもんじゃないのよ。一生に一度、あったら奇跡ね」

「ふーん……そんなもんなのか。話し変わるけど、質問だ。 とがめはさ――」

やはり、今日の彼は変だと思う。

コロコロと、こうも話題を変えるなんて? 普段の――奇策士が消えて以来の、無口な彼が?

「奇策士は?」

「…やっぱ、いいや」

もしもそう思われていたのなら、自分の今までは何だったのだろうか。

考えると体の奥が冷えてきて、女物の豪奢な着物をもう一度肩にかけなおした。

そなたに目をかけなければよかった――

そう、夢の中で言った、彼女の遺品。

しっかりと羽織った。なのに――

――更に寒くなったのは、何故だろうか。

「変な七花君。 じゃあね、こっちから質問」

「何だ?」

「右衛門左衛門は、私に拾われて後悔してると思う?」

胸が、大きくなった。

その振動で身体が震えたのではないかと不安になったが、どうやら杞憂だったらしく。安心し、七花は息をはき出す。

「どうしたの、七花君?」

「いや、何でもない」

とがめは、俺を拾って後悔していると思うか?

……少し、今の俺と、似てる。

「右衛門左衛門は、後悔してないと思う。だって、否定姫の為にあんだけ動いてたんだ。あそこまで出来る奴が、後悔ある選択なんてしないはずだ」

今度は否定姫が息をはき出す番だった。

別の人に訊いてたって彼の心がわかるわけではないのに、そう言って欲しかった。

情けないことに、慰めて欲しかった。

「じゃぁ、もう一個質問ね」

「やけによく喋るな――つっても、何時もか」

「七花君は、奇策士に拾われて、幸せだった?不幸って思う?」

「俺――?」

考えるまでもない。

「幸せだった」

「本当に?幸せなんて、人と比べなきゃわかんないようなものよ?七花君が『不幸だ』って言ったら、あなたは不幸ってことになる」

それくらい、曖昧なものよ……と。締めくくり、もう一度答えを促す。

そんな否定姫の態度に、寸の間訝しげに眉を顰めた後、七花はパっと笑う。

「あぁ、否定姫が俺に言わせたいのって、『不幸』か」

「………は?」

「違わないだろ?あいつみたいに言おうか?」

そこまで言われて、気付く。

そういえば。

――あいつは、そんな否定形から喋りだすのが、好きだったっけ――。

「自虐趣味だよな……俺も、あんたも」

想い人を目の前の相手に重ね。

自分を、貶してほしくて、責めてほしくて。

謝りたい、めいいっぱい。

弱くてごめん――
――拾ってごめん

「否定する。私は変態じゃないわよ?」

「だな、俺も違うし。否定してくれてありがとな」

「いえいえ」

「――とがめとな、一緒に居て幸せだと思える根拠は、たくさんあるんだ」

ポツリと言われた言葉に、「うん」と相槌を打つ。

「俺を必要としてくれた」

「うん」

「俺を使ってくれた」

「うん」

「俺を思ってくれた」

「うん」

「俺を育ててくれた」

「うん」

何時の間にか、七花の目から雫が落ちていることには、目を瞑る。

「俺を大切にしてくれたし、俺と一緒にいてくれた」

「――うん」

「俺さぁ、とがめといれてすっごく幸せだったんだと思う。幸せだったと思ってる」

彼女がくれた幸せを数えたら、何十だって、何百だってあげられる。覚えていないことだってこのときばかりは思い出せるだろう。

でも……

「とがめはさ――俺といれて幸せだったのかなぁ?」

「さっきもそれ訊こうとしてたじゃない…そんなに知りたい?」

クスリと、困ったように笑いながら、泣き続ける彼の頭を軽く撫でる。

「幸せだったわよ、奇策士は。貴方のおかげで夢に近づいた。貴方のおかげで、情を知った」

まぁ、私はあの女じゃないから、分かんないけど。

「あの女は、幸せだったと思う。私が右衛門左衛門と居たとき幸せだったのと、同じだろうから」

「――ふぅん」

「折角人が思ったこと言ってあげたのに、そのつれない反応!」

「いや、別に?」

ニヤニヤと笑いながら立ち上がる七花。

「七花君意地悪いわよ……全く、誰に似たのやら」

「とがめだろ」

「そりゃそっか」

会計を済ませようと店内に入っていった大きな背中を、否定姫は追いかける。

「じゃ、往きましょうか」

「言われるまでもない」

「――やっぱり最近生意気」

ブーブー言いながらも、言われながらも。

笑っていられるのは、多分、お互いが居るから。




ヒラリ、ヒラリ。 そんなふうに。

灰色の空から六花が舞う季節。

彼らが歩む地も、白に染まりつつあった。

彼らの心に空と同じくらい灰色の蟠りを、残したままだろうが何だろうが――

時は止まらず、蒼白を積もらせる。







「おもいで こころ通せんぼ」
「吐息 牡丹雪と昇る相思 胸に積もっていく心 きらら」
「時代に流るる深雪の密める比翼の芽」
「絆を思う日あればそれでよくて 妙に雪澄めたことも 言の葉に募った」
「はじめて泣いた 強がり屋さんが 幸せを数えたら 指が足りなくなった」
「瞬く度に映る二人の影 妙により澄める」
「幸せの意味と水漬き 去る風花抱き 思う 「あなたに会えてよかった」と」

あさきって人の雫って曲聴きながらそっこーで書き上げたモン。
聴いて、思い浮かんだのが二人でした。時間軸的に死んだ直後くらい?
冷静なフリしてる二人でも、内心かなりショックなんじゃないのかなって。

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