西尾維新系

□笑顔のままで(小説)
1ページ/1ページ

手をのばす。
遠く遠くに見えるもの。
手をのばす。

精一杯に、ちぎれるくらい。

顔のままで


頑張ったことなんてなかった。
精一杯何かをやるなんて、以ての外。

だけど、今日は少しだけ、頑張った。
少しだけ精一杯、手伝った。

その結果が、これですか。


響く電車のブレーキ音。


思い出すのはあの日の風景。

いー兄に連れられてきた、笑い顔。
とても綺麗で、眩しい笑顔。
うっかり見とれてそうでした。

思い出すのはその日の風景。

「髪をのばしてるんです」と、少し照れて言った貴女。
誰のためかなんて、言わずともわかりましたよ。
うっかり嫉妬しちゃいそうでした。

思い出すのはこの日の風景。

笑って出て行った貴女。
帰ってこなかった貴女。
うっかり泣いてしまいそうでした。

この日、この日から。

僕の世界が崩れ去る。

時が止まり心が凍り、
貴女のことしか考えられない。

消えてしまった貴女。
どこかへ往った貴女。

僕に笑いかけてくれたことなんて、一度もなく。
ただ、彼の人のためだけに、嬉しそうに、楽しそうに。
笑っていた、貴女のことしか考えられない。

「萌太っ!!」
叫ぶ、崩子の声ですら、
僕の心は融かせない。

呆然としているいー兄の顔ですら、
僕の心は融かせない。


響く電車のブレーキ音。
その音ですら、

僕の恐怖を煽れない。

ニッコリと、微笑む。
少しだけ、精一杯に頑張って。

「バイバイ」


響く電車のブレーキ音。


止まらない、止まれない、止まってくれない。

「っ!!」
衝撃。
何が衝撃かって、直撃した電車じゃないですよ?

遠くだけれど、彼女が居た。

僕に向かって、微笑んだ。

遠くに見える笑顔が、
あまりにも美しくて、見とれてしまいました。

遠くに見える笑顔が、
あまりに綺麗で、嫉妬してしまいました。

遠くに見える笑顔が、
僕だけのものだってことに、泣いてしまいました。

はじめて、本当にはじめて。
僕を見て、笑ってくれた。

「――姫姉ひめねぇ……待ってて、くださいね…?」

だけど、今日は少しだけ、頑張った。
少しだけ精一杯、手伝った。

その結果が、これですか。

――悪く、ないですよ。
寧ろ、最高です。




手をのばす。
遠く遠くに見えるもの。
手をのばす。

精一杯に、ちぎれるくらい。


貴女へと、とどく距離。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ