西尾維新系

□天潤推奨小説
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「おい、俺の娘」
「何だ、クソ親父」

「この状況、おいしいと思わねぇか」

「――はぁ?」

只今二人はメルセデス・ベンツの中。絵本の車の中である。
持ち主の絵本も、それと右下も崩壊した『いーちゃん』の骨董アパートを見に往っている。

後部座席に二人。確かにおいしいかもしれない。

だが。

「頭ワいてんじゃねぇの?いや、もう確実だな確実。お前とりあえず病院往ってこいよ」
「『病院往ってこいよ』。ふん。この状況を捨ててか。無理だな」
言って、西東の指の長い、けれどやはり男性らしい骨ばった無骨な手が、軽く哀川の頭の上に置かれる。
「なぁ、俺がマジで往ったらお前一人だぜ?寂しいだろう」
外では、ぞろぞろと野次馬が集まってきている。ギリギリでの回避とはいえ、ほぼ事故も同然だったのだから、仕様が無い。
自分たちと全く関係の無い、平凡な人々。
自分たちに気付けもしない、平々凡々な。

「寂しくねぇよ、お前と居るくらいなら一人のほうがいいね」
「ふん。強がりを」
グシャグシャと、頭を掻き混ぜるように撫ぜる――というより、ただかき回しているように見えなくもない。
「やめろ!セット乱れんだろうが、セットが!!お前とは違うんだよっ!」
「ふん、なら俺が直してやってもいい」
嫌なら殴ればいいのに、と思いつつも、西東はグリグリと撫ぜまくる。
――本当に素直じゃねぇな、コイツ。

「直してやってもいいじゃねぇよ!!崩した本人がなぁにを偉そうに!」
「『偉そうに!』。ふん。これが俺の地だ、文句を垂れるな。口から文句と一緒に変なもんまで出てくるぞ」
「こねぇよっ!!」
心は広いが気は短い、つまりは怒りやすい人類最強哀川潤だ。怒ってうっかりフックなりストレートなりをくらうと死にかねない。
けれど、西東は一向にやめない。

そろそろ、二人が戻ってくる。
この時間を、大切にしたい。
少しでも、少しでも。

「なぁ、潤」
「潤言うな、クソ親父」
「――潤」
「耳聞こえないのか?耄碌したか、歳か、おい」
眉間に皺を寄せて、元々悪い目つきを更に悪く、綺麗な顔を怒りに染めて次の言葉を待つ娘に、西東は訊いた。
「あの時、何で俺らは仲違いしちまったんだろうな?」
あぁ?と小さく唸って、哀川は至って簡潔に答えた。
「あたしらが喧嘩したからだろ。理由なんてなかったんじゃねぇのか?」
「――だろうな。理由なんてどうでもいい、起こるべくして起きた現象だ」
今度はグシャグシャにした哀川の髪を梳いてやりながら、珍しく後悔していることについて語ろうとした…瞬間。

ベンツのドアが、勢いよく開いた。

見えたのは、最優先事項の顔。
目の前の愛しい時間よりも、ずっと。

「なぁ潤、俺はお前と一緒に居たかったよ」
小さく囁いて…聞こえるかわからないほどの声で、囁いて。

笑いながら、彼は敵の前に姿を現した。


今、娘から見えるのは、結局髪を直してさえくれなかった、親の背中だけ。




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