西尾維新系

□消えた泡が作るは波紋(それでも後悔できない程の無上の幸せが在ったという記録)
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まるであの泡のような幸せだった。
「だった」と過去形で話すのが惜しいくらいに、真実の幸せだった。

消えるなんて考えてもいなかったのに、消えてしまったけれども。


小さなたくさんの幸せは、音なく静かに姿を消して、




[消えた泡が作るは波紋(それでも後悔できない程の無上の幸せが在ったという記録)]




青みがかった灰色を日光とは反対のむきにつくる雪が、今日はたくさん積もっている。
白が反射する日光が眩しいので少し目を眇めながら、昨日積もっていた雪との差をはかる。

「最近じゃ一番多く積もったんじゃねぇのか? どう思う、懸巣」

元々静かな足音が白い絨毯に吸収されているのにも関わらず、百舌の耳は恋人の来訪に確実に気付く。
その手元から香る緑茶の匂いが、和やかな気持ちにしてくれる。
「うーん、どうだろう。俺は一昨日が一番多かったように思うな」
「――雪の量なんて一々覚えてねーんだけど」
「なら、訊いても意味ないよ」
小さく、けれど楽しそうに笑う顔を見ていると、つられて小さな笑いが込上げて来る。
「はい、これ」
「ん」
茶色い中々に上質な湯呑みの中に、緑色の液体がいい香りをさせながら入っている。
「…あったけぇな」

少し啜り、淹れられたばかりが理由であろう虹色が少しかかる透明な泡がたくさんたっている緑色の液体を見る。
泡にうつるのが自分の顔のみ、というのが酷く不満だ。

「これ何だ?」
「? 何か入ってた?」
自分が淹れた茶に何か入っていたのだろうかと焦っているのが泡ごしでもよくわかる。

「俺の顔がうつってた」
「…ははっ、何それ!」
よく笑う奴だと思う。
でも、嫌いではない。 笑うというのは幸せだからなせること、こいつが幸せならば良い。

しばらく泡越しに口の動きのみで言葉を伝えてみたり、表情を変えてみたり。
甘い時間を過ごし――気付いた。

「…何か、今日の俺変じゃね?」
いつもの自分はこんなに優しかっただろうか、否!
暴力要素が一つもない自分に首をかしげる。
「百舌が本当は優しいこと、俺は知ってるよ?」
「五月蝿ぇ」
片手に湯呑みを持ち替え、傾ける。
当然重力に従った緑茶は下へと落ちていく――懸巣の、手の上に。

「熱っ!」
「――優しい時間、終了」

ゆっくりとした動作で、百舌が立ち上がる。

「――俺は、優しい百舌も好きだなぁ」
「黙れ被虐趣味」

ここからは、周りの雪がけるほどの熱い時間を!







***





「――寝てた」
意識を覚醒させるように口を動かし呟き、耳を使う。

この場所で寝たのが悪かったのかもしれない。
昔、こんなやり取りを――死んだあいつと、したことがある気がする。

寝起きの熱が不快で、冷たい手が欲しくてたまらなかった。

――本当に夢、だった?

違ぇだろ、現実だ、現実だったよ、本物だった、隣に在った。

もう消えてしまったけれど、それでも確かにあのとき確かに俺は、、、

幸せだった。




まるであの泡のような幸せだった。
「だった」と過去形で話すのが惜しいくらいに、真実の幸せだった。

消えるなんて考えてもいなかったのに、消えてしまったけれども。


小さなたくさんの幸せは音なく静かに姿を消して、



もう、戻らないところへと。








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