西尾維新系
□私の運命は貴方の掌中に
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今年も雪が、積もる積もる。
薄墨の空から純白がひらりひらりと舞い落ちる様子には、幻想的な美しいものがある。
だが、今、真庭鳳凰の目を輝かせているのはその景色ではなく。
「…大輪だな」
茂る彩度と明度が低めの緑に囲まれ咲いている、赤い椿の花だった。
椿の木からその大輪を首からもぐ。
指に触れる冷たい雪を払い落とし、音をたてない口付けを落とした。
[私の運命は貴方の掌中に]
「真庭忍軍というのは、随分と暇なのだな」
尾張幕府の裏まで来たところで、不意に声をかけられる。
「ご挨拶だな、久々に我と逢えたというのに」
キシキシと白い絨毯を踏み締めながら、恐らくは自分の訪問を音と気配から察知していたのであろう目立つ容姿の男に近付く。
顔面の半分を『不忍』と太く筆で記されている仮面で隠し、そして今の時代珍しい洋服を纏っている男――今の名前は、左右田。
「苦無の一つでも欲しかったか?」
敵意も殺意も剥き出しの左右田に、鳳凰は軽く笑いかけながら警戒もなく歩みを進め続けた。
「喧嘩をしにきた訳ではない、するつもりなら背後をとるが」
「なら、何だ」
「これだよ、おぬしにと考えてな」
背後で片手に隠していた椿を取り出す。
「…椿?」
「以外に見えるのなら、面倒だがおぬしにいい医者を手配せねばならんな」
ケラケラと笑いながら、花を頭に挿してやる。
「何のつもりだ?今更私を女と勘違いしているのか」
「女でなくてはしてはならないなどという規律はない――それに、似合うぞ」
「…真庭忍軍の頭領様は、本当にお暇であらせられる」
呆れながら白い溜め息を吐き出し、頭上の椿を雪の上に落とす。
しゃく、と小さな音をたて落ちた赤い椿は、青い影を作った。
「椿の花言葉、知っているか?」
「お前が知っていることを私が知らぬとでも?」
「ははっ、愚問だったな」
小さく笑った後で、再び椿を掌中に収める鳳凰に花言葉を投げ掛ける。
「『私の運命はお前の掌中に』『控えめな愛』等、…甘ったるいな」
「その通り」
今度は花弁を、茶色い頭の上で散らしはじめる。
ぶちぶち、ぶち、ぶち、、、
「だが、我は控えめな愛なんて知らない。おぬしの運命を掌中に収めたいのだぞ、本音を言えばな」
紅雨の中で、今日の空のように曇った顔をする左右田にもう一度笑いかける。
「今度はおぬしから椿が貰えることを祈っている」
「…あり得ないことを――」
呆けるしかない左右田と対照的に、鳳凰の口元は緩い。
「どうだろうな?では、またな」
椿を左右田に手渡し、その手に数刻前と同じような口付けを落とす。
そして、瞬き一つの時間でその場から消え去った。
「…あほらしい」
また雪上に椿を落とし、見事な大輪だというに惜しむこともなく踏みつける。
けれど。
柔らかい雪の上でその行為を行ったところで、椿が無惨に散りきることはなかった。
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