西尾維新系

□それを世界と呼ぶならば(人間と世界の同一性について)
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星は冬空にこそ、手に届きそうな程強く遠くで光り輝く。

美しく綺麗、そして一瞬という美学を秘めるそれはまさしく、、、 。



[それを世界と呼ぶならば(人間と世界の同一性について)]



この時期、はく息は白く目に見え、上へと昇って行く。
けれどそれは無論すぐに消え失せ、空へ…どころか、風に流され頭上へすら届くことは少ない。
「人が空へと行くことは、息ですら無理なのでしょうか」
帰路の途中で一人、真庭文蛤は呟いた。
暗い背景に強く光る明るい星の数々が少し凄烈で、軽い目の痛みを覚える。
それでも、見たくないとは思えない。
「死んだら或いは可能かもね、――夢見な意見だけど」
驚いた。てっきり自殺志願の精神異常者が酒をかっ喰らい、酔って幸せなまま凍死希望で道端に倒れているものかと。
もしくは死体かと思い、視界どころか意識にすら入れていなかった。
「…貴方は?」
のそのそと起き上がってくる赤みがかった巨大な身体に問い掛ける。日本人でこの高さに届く人間は滅多に居ないだろう。
「虫組の鍬形、初めまして。酒飲んでたら追い出されてさ、今寂しいんだよ。暇っぽいね、相手して」
さて、困った。酔っ払いに関わって良い事なんてまずない。悪い事はあるかもしれないが。
白銀の月と星に照らされる赤い顔は不機嫌そうに見える、どうやら酒が入ると怒りだす類の人間…上手く断らないと面倒そうだ。
「…愚生、は、」
傍らに転がっている盃や瓶を拾っている、少しよろよろと覚束無い足取りの男にかける言葉を必死で脳内で選ぶ。
語彙は多い方ではないかもしれないが、頑張れば恐らく大丈夫な筈だ。
「そうか、暇なのかい、嬉しいね。家近いんだ、案内するよ、愚生君」
…せめて名前くらい訊け、と内心で何故か剥き出しの背中に叫んだ。
ついでに服を着ろ、とも。視覚だけだが寒々しい。
頑張る事すら許されず、案内と言う名目の連行をされる羽目をなってしまった。


***


結局小さな家まで連行され、今現在、やはり小さな庭に敷かれた蓙に座っている。
(…逃げたら追われそうだな……)
このまま酔っ払いに付き合うのと、逃げて鬼ごっこに興じるのはどちらが面倒なのだろうか?
どちらも嫌過ぎると判断をつけかねていると、背後から「お待たせ」と声がかかった。
待ってない、家の中で潰れてくれていればよかったのに、…なんて本心は愛想笑いに隠す。
「人が『美しい』、『綺麗だ』、『手に入れたい』…そう思うものは何だろう?」
酒の入った盃を文蛤に渡し、近くに腰掛けながら酒臭い息と共に変な話題を出してくる。
「さぁ…何でしょうね」
どうでもいい話だ、酒の肴にはあわない。
ぐぅるりと盃を軽くまわし、用意された喉の焼けそうなくらいに強い焼酎を一気に飲み干す。
それを横目で見ながら、鍬形は手酌で元々少し濡れていた盃に、溢れそうな程酒をいれる。
「手の届かないものさ。例えば高い地位、憧れてるうちは其処へは行けない。例えば宝石、値段が高いとやたら欲しがる。星もじゃないかい?」
焼酎瓶の口を向けられ、盃と返事を求められる。
「星?それは、距離的に遠いだけでは」
とくっとくっ、とくとく。
不規律な水音に耳を傾ける。底の浅い入れ物だ、その音はすぐに止まり、代わりに低い声が響く。
「考えたことはないかな?『死んだ知り合いの魂が彼処で燃えてりゃしないかな』って」
「そんな可愛らしい考えは持ち合わせてませんね…燃えているのは星であり、魂ではありません」
当然ではないか。
空を見ても、光るのは天体だけだ。死んだ友や先祖や…彼女が、見えた事などない。
「夢が無いねぇ」
溜め息でも出しそうな様子で空になった盃を弄ぶ巨漢に向かって「でも」と二の句をつむぎ、明後日の方向に旅出ちそうだった意識を引き戻す。
「見えないだけで何処かに居るのかも…程度には、考えます」
「………何だい、そりゃあ」
呆れた顔をする鍬形の手から焼酎瓶を奪い、酒を入れてやる。
「面白いね、話を聞かせてよ」
「それで貴方の世界が完璧になるのなら」
何時通り弧を描く唇が少しだけ動き、やはり何時も通りの言葉をつむぐ。
それに返されたのは、普段付き合っている友人達等からは考えられない冷たい嘲笑だったけれど。
「完璧なんて世界にはないし、完璧な世界もないよ…だけどもし、僕の、皆の世界が君によって完璧に成ったとして」
「して、何ですか?」

杯が、雫を滴らせ、まわる。
ぐぅるり、ぐぅるり、――止まる。

「――君の世界は、完璧には成らないだろうね。君一人だけが残されるよ」
「…そうですね」
ははっ、と短く小さな笑いが微笑む口から起こる。それにより揺れる肩が、腕が、手が、盃の酒に波紋をつくり、其処に映る白銀の月と星を揺らす。
「それでも、完璧を求めるのが人なのでしょう」
握る盃の中で揺れる酒のようだと思う。
上にあるものを映せるだけ映すのに、ちょっとした衝撃があれば全て波紋で曖昧になり。
縛るように囲うものがなければ形すら造れはしない。
他に頼りきった揺れやすいものが『世界』なのかもしれないと考えるのは、このやたら強い酒のせいだろうか。
「完璧は美しくて綺麗だし、誰も持ってないから手垢すらついてない。それを自分の掌中になんて阿呆だ」
嗚呼、人は醜いね。
哀れむようなその言葉に対する返事は、酒で腹へと流し込んだ。



美しく綺麗、そして一瞬という美学を秘めるそれはまさしく、、、
人という、世界でしょう?
全てを肯定します、そう言ったらこの偏屈な人に笑われそうなので、黙ったまま手酌で一杯やった。
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