テイルズオブシンフォニア
□過去編
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「ヴェズ」
低い声に名を呼ばれ、ハッとして振り替える。
そこには金の長い髪を持つ一人の男が立っていた。
「どうした?」
『いや、懐かしい夢を見ていたよ』
私達が世界に絶望する前の夢を。
「寝ていたのか。必要なはないだろう」
『なくても夢を見たい時があるのだよ』
そう答えれば、男はそうかと淡々と返した。
『そう言えば最近、彼を見ないね』
「あやつは先日シルヴァラントに降りた」
『そう』
喧嘩でもした、わけでは無さそうだが…。
男は随分と寂しそうな表情をしている。
『そう言えば、君が手を焼いている、レネなんとか、どうなった?』
「レネゲートか?…この八百年、奴等のせいで均衡が崩れている。まったく忌々しい…」
『個人的にはそろそろ反転してもらわないと、向こうの精霊研究できないんだよね』
「相変わらず、精霊第一主義だな」
呆れたように言うが、姉第一主義の彼には言われたくない。
『…精霊は、変わらないもの』
「そうだな…」
『さて、と……』
「帰るのか?」
ああ、と頷き箒に跨がる。
『メルトキオでお貴族様達のパーティがあってね。それに呼ばれているのだよ。精霊研究所所長として、愛想を振り撒いておかないと。お貴族様達には研究費を頂いているからね』
「そうか。テセアラの神子の監視も怠るなよ」
『分かっているよ。先代神子が思ったよりも早くダメになってしまったからね。血族を絶やさぬよう見張っておくよ』
自分よりも高い位置にある男の頭を、箒で宙に浮いた私は、そっと撫でる。
『…じゃあね、ユグドラシル』
「ああ」
男は悲しそうに笑った。
派手な内装に、輝かしい照明。
それに負けない煌びやかな衣装。
『ああ、反吐が出る』
自分の瞳と変わらないくらい真っ赤なドレスに身を包み、ごちゃごちゃとヒトの集まる一室の隅でペチャクチャとお喋りをしているお貴族様達を見据える。
一室の中には、大きく二つの塊に別れていた。
一つは青の青年を取り囲むもの。
もう一つは赤の少年を取り囲むものだった。
「これはこれは、相変わらずお美しいですな。ルフェルニル殿」
『ん?ああ、タイガか。久しいな』
ミズホの民という一風変わった一族の彼は、ぺこり、と頭を下げた。
私と同じように彼らも広い会場の隅にいるのが好きなタイプだ。
『今日はイガグリの付き添いか?』
はい、と頷いたタイガの視線を追うと、その先にお貴族様達と会話しているミズホの里の頭領を見つけた。
『…おや?あの子は?』
イガグリの後ろに、おどおどとしている黒髪の少女を見つけた。
「藤林しいな、と言います。頭領のお気に入りでして」
『ああ。例のガオラキアの森で拾ったという赤ん坊か』
数年前にイガグリがそんなことを言ってた筈だ。
『しかし、あの子…』
少女に視線を送ると、流石忍の里の子、気がついてビクリと震えながら私の方を見た。
それににっこりと笑って手を振って見せると、少女はほんのり頬を染め、頭を下げた。
忍の里の子にしては感情豊かな子供だな。
『……』
「どうかされましたか?」
『…あの子、』
ほんの少しだが、恐らく。
『血を引いているな…』
タイガは眉を潜めた。
「それは…」
『…もし、手に余るようなら連れて来るといい。イガグリにも伝えておいてくれ』
はい、と頷いたタイガに別れを告げ、この場を離れる。
さて、赤の少年とも一応接触しておくか。
人混みの中を進んで行くと、横からドンとぶつかられた。
『っ、』
倒れそうになる私の肩を、ぶつかった青の青年が慌てて引き寄せた。
「っ、失礼した。お怪我はありませんか?」
髪と同じ色の青い瞳と視線が交わる。
この子は確か、ブライアン公爵家の息子だったか?若くしてレザなんとかという会社を立ち上げたとかで話題だったな。
『…ああ、平気だ。それより、離して貰えるかな』
青年を取り囲んでいた女性達からの視線が痛いくらいに突き刺さるのだが。
「ああ、失礼」
青年はそっと手を離し、私はため息を吐き乱れた髪を掻き上げ、耳にかけると、青年を含め、辺りにいたヒトは息を呑んだ。
エルフ、
ひそひそ、と女達の声が聞こえ、はあ、とまたため息を吐く。
『尖った耳がそんなに珍しいかね。まったく……』
気分が悪い。
『失礼するよ』
そう言って、その場を離れて少し目を離した隙に居なくなってしまった目的の人物を探す。
「なんなのかしら、あのエルフ!」
「偉そうにして!行きましょう、ブライアン公爵様」
そう言って、取り巻きの女達は青年の腕を引いた。
「あ、ああ…」
青年は女達に引っ張られる中、そっと去って行った方を見つめたのだった。
先程ぶつかられた事で目を離したせいで、赤の少年を見失ってしまい、接触は諦めることにし、外の空気でも吸おうと、テラスへ向かう。
エルフだと非難される事もだが、とにもかくにも、お貴族様達のお相手は疲れるのだ。
コツコツと、ヒールで床を叩きながら進み、テラスへと続く扉を開く。
『は〜、風が気持ち良い〜……と?』
「…!」
『おや、先客が居たか』
先にテラスに居たのは、私が探していた赤の少年。
しかし、この少年、テラスに入った瞬間、めっちゃ嫌そうな顔をした。きっと同じように貴族の相手に疲れて逃げてきた口だろう。
まあ、お構い無しに少年の隣を陣取る。
すると、少年は先ほどの嫌そうな顔は何処へやら、にこにことした笑みを作った。
「本物にここは風が気持ちいいですよ。私は十分に涼ませて頂いたので、失礼しますね」
子供らしからぬ言葉遣いで早々に去ろうとした少年の腕を掴む。
『またあの場に戻るのかい?お母様が亡くなられてお可哀想に…、とか言われてるんだろう?』
少年は黙ったまま足を止めた。
「ええ、そうですよ。あなたも同情ですか?」
こちらを見上げた少年の目は、もう笑ってなどいなかった。
この少年の母親が死んだのはつい最近。珍しくここ、王都メルトキオに雪が降った日だった。
少年の父親は先代のマナの神子。先代と言うのはもう亡くなっているからだ。先代のワイルダー卿は結婚を誓い合った別の恋人がいたのだが、マナの血族を管理するクルシスによって愛した人と引き離されて結婚させられ次の神子、この少年を作らされた。その結果引き起こされたのが、その恋人による神子暗殺未遂事件。神子である少年は死ななかったものの、彼の傍にいた母親が彼を庇って死んだ。彼の暗殺をしようとした恋人は処刑。確か子供がいて、その子供は修道院送りになったとか…。
確かに可哀想な話ではあるが。
『ハッ、こんな子供に必死に取り入ろうとしているアレらと同じと思われるのは反吐が出るね。少年、自分はあの空間が苦手でね。ここにはただ涼みに来ただけさ』
テセアラの神子である少年を、監視するため探していたのはいたが、見失って諦めてこの場には涼みに来ただけだし嘘ではない。
テラスの柵に、よいしょと腰掛ける。
中にいるお貴族様たちに見つかればはしたないだのなんだの言われるだろうが関係ない。
『今日は本当にいい風が吹く』
たなびくオレンジの髪を軽く抑えていれば、コツコツと柵に寄る足音がした。
少年が、私の座っている隣に来て柵に両手をつく。
「……本当にいい風が吹いてる」
『そうだろう?君も上に座るかい?』
静かに頷いた少年はよいしょ、と先程私がしたように柵に登ろうとしたが子供の身長じゃ難しいだろう。
『ちょっと待ちなさい』
1度自分は柵から降りて、地に足つける。それから少年の後ろに回って、抱き抱え、彼を柵の上に座らせた。
「……!すげぇ、力持ち…」
ああ、貴族のお嬢様たちはこんなことしないだろうしなぁ。
『ははっ、普段本の山を運んでいるからね』
そう言って、私も少年の隣に座り直した。
「本?」
『ああ。自分は王立精霊研究所の所長をしてるんだよ』
そう言えば少年は驚いたように、目を見開いた。
「ハーフエルフ!?」
『いや違うよ。確かにうちの研究所はハーフエルフが多いが、自分はエルフだ。そもそもハーフエルフは検査で引っ掛かってこんな所には来れないよ』
悲しいことに、我らがエルフと人間の血を半分ずつ持つ彼らはこの時代でも差別の対象とされている。
「エルフ…、本当に…?」
『本当だよ』
そう言って髪を耳にかけて見せる。
「……初めて見た」
『だろうね。たいがい森に引きこもって出てこないからね』
まじまじと尖り耳を見つめる少年の頭をグリグリと撫でる。
『少年、名前は?』
「え?」
またも驚いたような顔をした。まあ、この場所に来ていて彼の事を知らないなんて潜りだもんな。
『"神子様"が名前じゃないだろう?』
「……!!」
少年はこくりと頷いた。
「ゼロス。ゼロス・ワイルダー」
『そうか。ゼロスくんか。私はウェズ・ルフェルニル。何か困ったことがあったら研究所に来なさい』
そう言ってもう一度頭を撫でた。
保護対象
彼も、この世界の被害者だ。