ルミナリア
□マクシム・アセルマン
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十数年の許嫁(3/3)
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そうしてしばらくしたところで、獣に囲まれたナマエを見つけた。
彼女は逃げるでもなく、ぼぅ、とした様子で魔物達の中にいる。
「ナマエ!」
名を叫び、彼女の周りにいる獣達を矢で撃ち抜く。
『マクシム様……、なんで……』
「迎えに来たに決まっているだろう!」
濡れた瞳で驚いたようにこちらを見たナマエは、へたり、と力尽きたようにその場に座り込んだ。
…イェルシィくんが言ったように、やはり泣いていたのか。
ぐっと、弓を引き絞る力が強くなり、思いっ切り放つ。
それで彼女の周りにいた魔物を掃討した。
ボロボロと涙を流す彼女に駆け寄り、座り込んだ彼女に合わせて僕も身を低くした。
「何故、ひとりでこんな所に来たんだ!危険なのは分かってたでしょうが!」
『ごめんなさい……』
ビクリ、と肩を震わせたナマエは俯いた。
その身体をぐっと、自分の方に抱き寄せる。
「心配した」
『………っ、』
ふっ、とナマエは声を押し殺して涙を流す。抱きしめた身体は小さく震えている。
「いや、その…怒鳴って悪かった。そもそもは僕のせいだと、リュシアンにも言われたし……。けど、それでも外が危険なのはナマエが1番知ってるだろう?子供の頃にあんな目にあったんだし……」
そう言えばナマエは僕の顔を見上げた。
『おぼえて……っ、らっしゃった、のですか…』
「当然だろう。僕はあの時からキミが……」
そこまで言いかけて言葉を飲み込む。
そう、あの時も魔物に襲われていたナマエを僕は父上から習ったばかりの弓で助けた。
……実際は僕の弓矢は魔物に当たらず、控の従者たちが倒してくれたのだけれど。その時助けた少女が泣いていた姿とは違い、礼をする時はキリッとしていてそのギャップに僕が一目惚れして………、そう。僕がこの子と結婚すると、駄々を捏ねて。それで…、ナマエの家柄も容姿も気に入った父上と意外と乗り気だったナマエの父上が決めて許嫁に………。
すっかり忘れて親同士が勝手に決めた婚約者だと思っていたが、元を辿れば僕のわがままから始まった話だった。
『マクシム様。申し訳ありません』
指で泪を拭ったナマエは、そっと僕の胸を押して離れる。
「ナマエ?」
『マクシム様はお優しいから……放って置けなかったんですよね』
「なにを……」
『…わたくしのことは忘れてください』
震える声でそういうナマエに、何を言ってるんだと呆然とした。
『マクシム様の御立場上、こちらから解消することもお父上に言われるのは難しいでしょう?』
「解消って、なんの事だ」
『…婚約です。安心してください。わたくしが不慮の事故で居なくなれば、マクシム様の評価を下げるようなことにはなりませんし』
その言葉にサッと血の気が引いた。
不慮の事故ってまさか……。
「死ぬつもりでここに来たのか!?」
『はい』
頷いたナマエは笑顔だった。
『わたくしがいてはマクシム様の人生の邪魔になりますから』
「な、何を言ってるんだ……!!」
『ですから、わたくしが死ねば自然と婚約も破棄されますから、マクシム様はお好きな方と結婚を……、マクシム様…っ、』
依然震えている名前の手を掴む。寒い日でもないのに凄く冷たい。
「おかしなことを言うな!僕の許嫁で婚約者は後にも先にもナマエだけだっ!!」
『…ッ』
「それとも、ナマエは、僕の事が嫌いなのか……」
『そんなことっ、ありませんわ!』
そうだろうな。だって、ナマエが口に出した言葉は全部僕のためだった。
『わたくしは、助けて頂いたあの日からずっと、ずっと、マクシム様の事が、っ、』
1度引っ込んでいた涙がまたナマエの両目からこぼれ落ちる。
そんな彼女の身体をもう一度、今度は逃げ出せないように力強く抱きしめた。
「僕の事が好きなら、僕を置いて行かないでくれ。僕の傍にいてくれ」
『……わたくしなんかが、傍にいても、いいんですか……』
「好きな人に傍に居てもらいたいと思うのは当たり前の事、だろう」
そう言って彼女の髪に唇を落とす。
『それは………』
「まあ、キミが傍にいるのが当たり前過ぎて、僕は自分の感情に気づいてなかったわけなんだが……」
『つまり、どういう……?』
「あーもー!だから、僕はナマエが好きなの!だから死なれるのは困るし婚約者はキミじゃないと嫌だ」
我ながら格好がつかないと嘆きながら、彼女の肩口に顔を埋める。
『本当に…?』
「アセルマンの名において嘘はつかん!」
『……そう、言われてしまっては信じる他ありませんわね。他ならぬ、マクシム様のお言葉ですし』
少し調子を取り戻したようで、ナマエは僕を見てクス、と笑った。
十数年の許嫁
彼女はずっと僕しか見てない。その事に気づくのに十年もかかるなんて。