ルミナリア

□マクシム・アセルマン
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十数年の許嫁(2/3)
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「…ってことらしいです」

イェルシィから任務内容を聞き、わかったと頷く目の端で、ナマエが何も言わず僕らの横を早足で通り過ぎ去った。

「……、どうしたんだ……?」

いつもなら礼節を重んじる彼女は、帰りますと僕に挨拶をして、必ず見送りをするように言うのに、今、完全に僕のことを無視して校門の方へ行ってしまった。

「なんなんだ?……フレデリック!」

ベンチの方にいる世話係を呼べば、彼はただ今と返事をして近づいてくる。

「ナマエはどうしたんだ?」

「本日はもうお帰りになると」

急だな。なんなんだ?

「今、泣いてた?」

イェルシィの言葉に、えっ?ともう見えなくなった背中を見つめる。

「……マッキ先輩。追いかけた方がいいかも」

泣いてた、ってナマエが、か?
もう10年以上の付き合いになるが、彼女が泣いてるところなんて、初めて出会ったあの日以来見た事がない。

「マッキ先輩!」

「え、あ、ああ。すまない。行ってくる」

そう言って急いで校門へ走る。
そう遠い距離ではないし、彼女が馬車に乗り込む時間もあるだろうから追い付くだろう。

校門に辿り着けば、ナマエがいつも乗る馬車が止まっていて、ちょうど御者が馬を走らせようと手網を握った所だった。

「待て!」

静止をかけて近寄れば、御者は僕の姿を見て慌てて頭を下げた。
御者を無視して、車体に近づきその窓から中を覗く。

「いない?」

中は空っぽだった。

「アセルマン様?お嬢様をお探しですか?」

御者に、ああ、と頷く。

「お嬢様なら学園の方へ戻って行かれましたよ」

「…それなのに、お前は馬車を走らせようとしたのか?」

「はい?だって、お嬢様が今日はこちらに留まるから、また明日迎えを……と。アセルマン様とご一緒に過ごされるのではないのですか?」

「は……?」

どういうことだ?フレデリックはナマエは帰ると言ったと言っていて、この御者はナマエがココに留まると言っている…?

だが、どちらも嘘を言っているようではない。

「ナマエは、学園の方に向かったと言っていたな」

「はい」

「わかった。引き止めて悪かった。行ってくれ」

「はい。では、また明日迎えに上がりますので、お嬢様をよろしくお願いします」

ぺこり、と御者は挨拶をして、馬を走らせていった。

「で、何処に行ったんだナマエは……」

この学園に留まるって言ったって、何処に泊まる気なんだナマエは……。
僕以外に知り合いなんていないは…ず………。
ふと、先程のやり取りを思い返す。

リュシアン。

彼とは、手紙のやり取りをするほど、仲がいい。
1年生の時に、なんでも優れたあの男にマウントを取りたくて、僕には美しい婚約者がいるのだと自慢するためだけに引き合わせた。

何故だか胸の奥がざわつき、あの頃何も考えず、リュシアンにナマエを紹介した自分自身にイラつきを覚えた。

つかつかと足早に、校門へから左手にある宿舎へ向かう。

慣れた足取りで寮内を歩き、リュシアンの部屋の扉を叩く。
ブレイズ筆頭の彼は、部屋を空けている事が多いが、今日は……。

「はい」

返事が帰ってきた。

「僕だ。中に入っても構わないか?」

「マクシムさん?ええ、どうぞ」

返事を聞いて扉を開ければ、リュシアンは本を片手にティータイムのようだった。
机の上に置かれたカップは1人分だけ。
ぐるり、と部屋の中を見ても彼1人だけ。

「どうされました?また果たし状ですか……?」

「いや。………ここに、ナマエが来なかったか」

そう尋ねれば、リュシアンは首を傾げたあと、ああ、と呟いた。

「今日でしたか。近々マクシムさんに会いに行くと、手紙に書いてありましたね」

そう言えばというように話すこの男に、何故だか少しイラッとした。

「こちらには来ていませんよ?彼女の事ですから、いの一番にマクシムさんに会いに来るのでは?」

リュシアンの、彼女のことならなんでも知っているかのような口ぶりに、マクシムは唇を噛んだ。

「マクシムさん?……もしかして、予定よりご到着が遅れているのですか?」

「……いや。ナマエはもう来ているし、お前の言う通り僕の元に来た」

「では、なぜ?」

「………いなくなった」

はい?今なんと…?とリュシアンが驚いたように聞き返す。

「僕が、イェルシィくんと任務の話をしている間に、帰ると言っていなくなったんだ」

「………。それならお屋敷に戻られたのでは?」

「…追いかけて校門の前のナマエの馬車を見たが、乗っていなかった。御者の話では、今日はここに留まると言って学園の中に戻って行ったと……」

「それで、私の所に?」

「ああ。この学校でナマエが知っているのは僕と、お前だけだからな」

「…ふむ。だとしてと、ナマエさんは軽率に男性の部屋に伺うような女性ではないですよ」

「そんなこと僕だって知っている!!」

知っているとも。僕に、貴族としての嗜みがなんだとか口煩い彼女は、無論自分自身にも厳しいし慎みのある女性だ。

「そもそもマクシムさんはナマエさんを見つけて、どうするんですか?」

リュシアンの言葉の意味が分からない。

「イェルシィくんが泣いていたというし、事情が分からぬまま帰ると去られたら気になるだろう…!」

「まさかそれをそのまま問いただすつもりですか?マクシムさんは、彼女がなんで、怒ったのか理解していますか?」

「……怒った?」

イェルシィくんは彼女が泣いてたと言っていた。

「……なるほどそれすらも気づいていなかったんですね」

「どういうことだ?だって、ナマエは怒る時はいつも口にして……」

「それは、怒るというより叱っているときではありませんか?しかも内容は、マクシムさんの貴族としての立ち振る舞いについて」

………、そう言われれば、そんな気がする。

「ナマエさんがいなくなったのは、マクシムさんがせっかく会いに来たナマエさんを置いてイェルシィさんと話をしていたからだと思いますよ」

「なんでそれで怒るんだ?」

そう言えば、はあ、と大きなため息を吐かれた。


「……彼女は貴方に会いにきたんですよ。それなのに自分を置いて他の女性と話されたら怒りもするでしょう」

「そんな事でか?そもそも僕らがしていたのは任務の話だし……ナマエはそれが分からないほど馬鹿じゃあない」

「だからこそ、ですよ。だからこそマクシムさんに何も言わず押し込んで、いなくなったのでは?」

「分からない、どういうことだ?」

「では、私とナマエさんがマクシムさんの知らない話を、貴方を置いて2人っきりでしていたらどうですか?」

「は……?」

リュシアンとナマエが僕を置いて2人っきりで?

「そんなのはダメだ!ナマエは僕の許嫁なのだからっ、」

何故だろうか、想像しただけで胸の辺りがギュッと締め付けられたような感覚に陥った。

「それが私の任務で、何かとても重要な機密だとしても?」

「ぐっ。それは…」

「そういうこと、ですよ。マクシムさん。それは嫉妬です」

「嫉妬……」

そう言われてやっと、この胸の痛みを理解した。
それと同時にナマエが同じ思いをした、と言うことを理解する。

「じゃあ、ナマエがいなくなったのは……」

「恐らくおふたりの様子を見るのが辛かったのではないでしょうか。特にナマエさんは、今日マクシムさんに会えることずいぶんと楽しみにされていましたからね」

「僕に会う事を楽しみに……?」

彼女の父に言われて渋々会いに来ていたのではないのか?

「本当はしょっちゅう来て顔が見たいけれど、勉学の邪魔をしたくないから、学園でのマクシムさんの様子を教えてくれと手紙がくるぐらいですよ?」

僕の勉学の邪魔をしたくない……。確かに、真面目な彼女ならそう思うだろう。

「マクシムさんがどんな色のドレスが好きそうか?とか、身長がどのくらい伸びているか?とか、悪い虫がついていないかと。毎回のようにマクシムさんに関する質問が来ますよ。愛されてますよね」

クス、とリュシアンが笑う。

知らない……。僕への手紙には、季節の時候から始まる硬っ苦しい文章で、毎回勉学に励めだの風邪に気をつけろそんな……いや、それも僕を心配して…?

思わず顔に熱が集まる。

「ナマエは僕の事が好きなのか…!?」

「え?今それに気づくんですか?」

心底驚いたというような顔をリュシアンにされた。

「と、とにかくこうしてはいられない。ナマエを探さなくては……」

「ええ。手伝いますよ」

そう言ってリュシアンを立ち上がり部屋の扉を開けた。

「彼女が行きそうなところに心当たりは?」

部屋を出ながら尋ねられる。

「そんなこと言われても、ナマエはほとんどこの学園の事は知らないぞ。だいたいナマエは怒ると外に出ていくことが多い………」

……外?いやいやまさか。

「それなら馬車で家に帰る、よな?」

怒ったままで飛び出すならきっと、家に帰らせていただきます!ってなるよな…?

「……ナマエさんの衣装は今日もドレスで?」

「ん、ああ。いつもよりシンプルな物だったがな」

そう言えば、今日のドレスの色は僕の好きな色だった。リュシアンに色々聞いていたと言うが本当にそうなのか……。
靴も、ヒールの高さがないタイプの物で………恐らく僕の身長が低いことを………いや、この気遣いは気づかなかった事にしよう。虚しくなってきた。

「未だに学園内にいるのなら、あの美貌で噂になってそうですが……」

「さっきのすっげぇ美人だったなぁ」

寮内から聞こえるその声に、思わず振り返る。

「そこのお前っ!」

「うわ、マクシム先輩!?」

顔を見れば新入生の、レオ・フルカードだった。

「なんっすか、急に大声だして」

「今、美人と言ったな!どこで見た!!」

「え?マクシム先輩もそういうの興味あるんっすね。なんか意外……」

「人をミーハーみたいに言うな!僕は今、人を探しているんだ!」

「その方、ドレスを着ていませんでしたか?」

「うわ、リュシアン先輩もいたんっすね。確かに着てましたよドレス。お知り合いっすか?」

「僕の許嫁だ」

「い、許嫁…!?」

驚くレオに、そんなことに驚くなと言葉を続ける。

「どこで見た?」

「えっ、と、任務帰りにキトルール草原付近の街道で……草原の方に行こうとしてたんで、危ないっすよって声掛けて街の方の道を案内したんっすけど……」

「……嘘でしょ」

学園の外にひとりで出る事はないと思っていた。
だって、外には獣がいて危ないことはナマエが誰より知っているはずだ。
彼女は幼少の頃に、屋敷の外へ出て、獣に囲まれ怖い目にあっている。そうナマエが泣いていたのを見たのはあの時だった。

「マクシムさん、急ぎましょう」

「ああ」

そう頷けば、俺も行きます、とレオまで着いてくる。探すなら人手は多い方が助かる。

レオが姿を見たという辺りまで案内してもらい、そこから三手に別れる。
レオには案内したという街道の先を。僕とリュシアンは草原を別れて探す。
学校付近は少ないとは言え獣が出る。ナマエがもしここに入り込んだのだとしたら、戦うすべを持たない彼女は……。

無事でいてくれと思いつつ、草原を駆け抜ける。



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