ルミナリア

□月下の君を知る
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Y.C.998
キトルール草原
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「……つまるところ、マッキ先輩は出会った時からナマエちゃん先輩の事が好きってこと?」

「うーん、いや。あの頃はまだ、君が言ったように憧れが強かったな。あのパワーは僕には到底無いものだったから……」

「ナマエちゃん先輩可愛い顔して大岩をグーパンで壊しちゃうもんね〜。あたしも初めて見た時はビックリしちゃった」

「ああ。あの衝撃たるや……」

マクシムは殴られた時の記憶を思い出し、ぶるり、と身震いした。

「あれでも加減してもらってたんだもんな……」

ナマエがあの後、本気でやってたら肋骨の一本や二本は折ってたよ、と言ってたのも思い出したマクシムは遠くを見つめた。

「あの頃のナマエ先輩は、あんなに強いのにどこか哀愁漂っていてな」

「哀愁?哀愁って寂しい、とかそういう感じだよね?……ナマエちゃん先輩が?」

こてん、とイェルシィは首を傾げる。

「ああ。君が入学した頃はもう今の明るい先輩だったろ」

「うん。明るくて優しくて、いっつもニコニコ笑ってる〜ってのがナマエちゃん先輩じゃない?」

「今はそうだな。笑うのは昔から笑ってたが、明るくてって感じではなかったな」

意外〜!とイェルシィが驚く。

「それが、事情を聞いたら意外でもないのよ」

「事情?」

「イェルシィくんは疑問に思ったことはない?ブレイズにはその学年の上位2名が選ばれる。なのに、なぜナマエ先輩は同期がいないのかって」

「……そういえば、そっか。あたしとヴァネッさん、マッキ先輩とリュッシーみたいに2人選ばれるはずだもんね」

気にもしたことがなかったというようにイェルシィが言えば、マクシムは、1年間気にしたことなかったの?と呆れた。

「でもあたし1回もナマエちゃん先輩の相方見たことないよ?」

「ああ。僕もない。……なんでだと思う?」

「え〜?ナマエちゃん先輩1人しか選ばれなかった、とか?」

いや、とマクシムは首を振った。

「選抜はちゃんと2人選ばれていた。先輩の同期は、………僕らが入学する前に任務で戦地に赴いた時に亡くなったそうだ」

「え………」

僕らが目指す騎士はこういう仕事だし、ブレイズは学生と言えど同じような任務に着くことがある。

「先輩もその現場に居た。間近で起こった同期の死。それが先輩が拳で戦う理由なんだ……」

僕が先輩からその話を聞いたのは、ある日の夜の事だった。


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Y.C.996
森都ルディローム、イーディス騎士学校
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我がライバル、リュシアンに決闘を挑み敗北したその夜。
もっと技の精度を上げねば、と訓練場へ秘密の特訓をしに向かった。
だが、

「なっ…!閉まっている……!」

訓練場の入口の鉄格子の門は、がっちりと鍵がかけられていた。

「しまった……。施錠されていることは考えていなかったぞ……」

どうしたものか。
特訓は諦めて寮に帰るか……。

門の前でじっと悩んで入れば、いきなり後ろから、あの〜、と言う声と共に肩をトントンと叩かれた。

「ひゃあっ!?」

『えっ、あ、ごめん』

慌てて飛び退いて後ろを見れば、先日出会ったナマエ先輩が居た。
夜だか、この学校にはマナのエネルギーで付く街灯が設置されており、暗くてもその明かりと、空を駆けるマナの光のおかげで先輩の顔がわかった。
とりあえず。よかった、お化けじゃなかったと、ひとつ深呼吸する。

『痛かった…?力加減したつもりだったんだけど……』

「いや、痛いとはではなく、後ろからいきなり肩を叩かれたビックリするでしょうよ!」

訳の分からい事を気にしたナマエ先輩に思わずそうツッコミを入れてしまった。
それを聞いた先輩は、キョトンとした様子で、ああそっか、と呟いた。

『てかキミ、こないだの……えっと、名前なんだっけ?』

「はっ。僕の名前はマクシム・アセルマン。かの名門、アセルマン家の次男です」

『名門アセルマン家?……つまりお坊ちゃんって事か』

「まあ、そうですね」

誇らしげに胸を反らす。

『そっか。私はナマエ・ノーネームです。改めて同じブレイズとしてよろしくね』

そう言って先輩はやんわりと笑った。

『ところでマクシムくんは、こんな時間にこんな所で何をしているの?』

「えっ、それは……少し鍛錬をしようかと。ですが、さすがにこの時間は閉まっていましたね」

『ああ、今年の1年生も優秀だね』

先輩の言葉に、ん?と首を傾げる。

「先輩は2年生のはずでは?」

『ふふ、そうだね。実は去年、私も夜中に剣の練習に来てね。そしたら卒業された先輩に見つかって、ふむ、今年の1年生は優秀だなっ!て言われてね。夜の訓練場の入り方、教えてもらったんだ』

僕らの知らない先輩のモノマネをしたナマエ先輩は、楽しそうに笑ってる。
試験の時は、どこか影のある人だと思ったが印象が変わるな。

「入り方?この時間でも鍵をもらいに行けるんですか?」

『真面目だねぇ。事務閉まってるから無理だよ。ここの門なんで格子状になってるか分かる?』

えっ?と答えを考えている合間に、門に近づいたナマエ先輩は、格子の枠に足を引っ掛けて1番上まで登って行った。

『高みを目指すものが、その壁を越えられるように、だって』

「それも卒業された先輩からの受け売りですか?」

『うん。まあ、本来は何か問題が起こった際に、施錠されてても生徒達がどうにか武器を取って戦えるようにこうなってるらしいけど』

まあ、いいから登っておいでと先輩に急かされる。

……こんな行儀が悪いことして父上にバレたら怒られないかな。

『高いところ怖い?』

じっと格子を見つめていたら、先輩にそう聞かれた。

「あ、いえ、そういうわけでは……」

『ああ。なるほど、その靴じゃ登りにくそうだね』

そう言って先輩ば僕のブーツを指さした。
確かに底の厚みがある分、確かに靴先が格子の枠に入るか微妙なところだ。

『手を出して』

そう言って門の上から先輩は僕に向かって右手を差し伸べる。

「はい?」

言われた通り右手を差し出せば、手のひらではなく腕を掴まれ、先輩は片手で僕を上に引き上げた。

「うわぁぁぁ」

我ながら情けない声が出たと思う。

『よっ、』

片手で僕の事を引き上げたナマエ先輩は空いた左腕を添え僕を胸に抱き抱えるようにした後、門の内側へ飛び降りた。

『はい、どうぞ』

そう言った先輩の腕から離される。

「…え、えぇ、」

片手って……。いやあの戦いをしたから、先輩の力が強いのは知ってたけど……えぇ、僕ってそんな軽い…?
唐突の事に頭がこんがらがる僕を置いて、先輩は訓練場の武器庫の方に向かっていく。

「って、武器庫?」

先輩って武器使わないんじゃ……?
ゴゾゴゾと武器庫を漁っていた先輩は、これにしよう、と小さく呟いて弓と矢を手に取った。

「僕は自分のを使うので不要ですよ?」

『ん?ああ、これは私が使う分』

そう言って先輩は弓矢を持ち、的の前へ歩いていく。

「先輩の分……?先輩は剣から素手で戦うのに切り替えた、と教官が仰ってませんでしたか?」

『んー、そうね。武器は持たないよ。けど、こないだ君から弓を奪った時、当てらんなかったから』

「そりゃあ、先輩は弓使いじゃないんだし……」

そう言った瞬間、ナマエ先輩の目から光が消えた気がした。

『その甘さで人が死ぬよ』

先程喋っていた時よりも、低いトーンでそう言って矢を引いた状態で弓を僕の方に向けた。

『私の弓の制度が良ければ、君を撃ち殺してたし、もしくは、君の弓矢でもう1人の子を殺せてた』

「それは……」

『実際、私の同期はそれで殺された』

そう言って先輩は、僕に向けていた弓を身体を捻って動かし、的に向かって射った。

「えっ……」

『チッ、当たんねぇな』

舌打ちした、先輩はそう言って次の矢を手に取り練習を開始した。
え?待って、先輩今なんて?てかなんか急に口悪くなったし…えっ???

「殺されたって……」

『私たちブレイズは学生でありながら、戦場に放り出されることがある』

「はい」

1学年の生徒の中から2人だけ選ばれる優秀な生徒、それがブレイズだ。戦場で活躍することもあるだろう。

『同期の彼女は治癒創術を得意としててね。私と共に衛生兵として戦地に送られた。学校側も前線ではないし、連邦の砦で衛生兵としての仕事なら1年生でもブレイズなら大丈夫だろうと踏んでいた……。私たちが砦に向かい、連邦兵たちの治療を勤しむ中、奇襲を受けた』

先輩は、構えていた弓を下ろした。

『私たちは学生だったから撤退命令が下され、砦から脱出しようとしてた。逃げているさなか運悪く私たちは帝国の兵たちに見つかった。創術士の彼女を守りながら戦ったけど、最後の1人に私は打ち負けた。持っていた剣が弾かれ、私は切りふせられた。そんな私を助けるために彼女は、杖で相手に殴りかかった。そして、あろう事かアイツは、私の剣を拾ってそれで襲ってきた彼女を刺した』

「へ……」

『あの時の私がまさにそんな顔だったよ』

そう言って先輩は泣きそうな顔で僕を見つめた。

『2人だけで送ったものの心配で様子を見に来たリゼット教官が現れて敵を倒してくれたおかげで私は助かった。けれど、彼女の方が致命傷で……助けられなかった。………私があの時、剣を弾かれなかったら彼女は刺されなかったかもしれない』

「だから、もう武器を持たない、と…?」

『うん。そして、誰かを守るならアイツみたいに、敵の武器だろうがなんだろうが使って討ち取らなきゃならない……』

そう言って先輩は、また的に向かって弓を構えた。
矢を引くその手はふるふると震えていて、狙いが定まっていなかった。

なんて声をかけていいのか分からない。

戦った時は凄く強い人だと思った。
けど、そうじゃなかった。

儚く今にも消え入りそうだった。
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