ルミナリア

□マクシム・アセルマン
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十数年の許嫁(1/3)
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許婚(いいなずけ)。…幼少時に本人たちの意志にかかわらず双方の親または親代わりの者が合意で結婚の約束をすること。また、その約束を結んだ婚約者をさす言葉。

アセルマン家の次男。この、マクシム・アセルマンにも、親の取り決めた許嫁がいる。
ナマエ・ノーネーム。僕と同じように聖領アルコニスの貴族として生まれた彼女。

権力の元、貴族同士の許婚。婚約者。よくある話だ。

僕の許嫁であるナマエは、1つ年上の口煩い女性。幼少の頃から永遠と、貴族としての言動を!と、アセルマンの子息なのですから!と言われ続け。元々他人に対しツンケンとした人だが、僕には特に厳しい。

好きでもない、親が勝手に決めた婚約者だ。彼女が僕に強く当たるのは、きっとそういうことなのだろう。
屋敷にいた頃には、しょっちゅう茶会やパーティなどで顔を合わせていたが僕がこの騎士学校に入学してからは、まあ、たまに親に言われて向こうから僕に会いにくるぐらいで、顔を合わせることが減った。
とやかく言われることもないし、向こうも僕なんかといる時間が減ってせいせいしていることだろう。


「……様。マクシム様」

近くから呼ぶ、聞き慣れた声。

「んー………」

「マクシム様。起きてくださいませ」

僕の世話係のフレデリックの声だ。

「ん…もう、あさ…?」

「おはようございます」

ゆっくりと起き上がろうとすれば、顔の上に置いていた帽子が落ちそうになり慌てて拾って頭の上に被せる。

「ふぁ………、よく寝た」

『そのようですわね』

「ひっ、」

凛としたその女性の声に、まだ眠かった目も一気に冴えた。

「ナマエ……!?」

思わず背筋を伸ばすと、フレデリックの後ろにいたナマエはコツコツと靴音を鳴らして僕の前へ移動した。

『ごきげんよう、マクシム様』

スカートの裾を摘んで優雅にお辞儀をした彼女は、直ぐに腰に手を置き僕を睨みつけた。

『ところで、こちらはどういった状況なのでしょうか?アセルマン家の次男ともあろう方が、このような場所で眠りに就くとは如何なものかと』

彼女がこのような場所というのは、ここが学園の寮内でなく、園庭のベンチだからであろう。

「す、少し疲れていたから仮眠を取っていただけだ」

そう言い訳すれば、ナマエはじっと僕の顔を見つめた後、はあ、と小さくため息を吐いた。

『フレデリック。お茶を用意してちょうだい』

「かしこまりました」

そう言ってフレデリックはお茶を入れに下がる。
……正直、彼女と2人っきりにしないでほしい。

「しかし、なんで急に……」

『急……?』

ピクリ、と彼女の眉が動いた。
あれ、なんか怒らせたな。

『事前に本日お伺いすると手紙をお送りしましたが……、やはり読まれていなかったのですね』

「あ、いや、その」

少ししゅんとした様子の彼女に、思わずしどろもどろになる。
手紙、来ていたか?……手紙が来たらフレデリックが……………いや2週間くらい前に渡されたな?

『返事がないからお忙しいのだろうとは思っていましたが……』

「いや!読んだ!読むのは読んだんだ。任務で忙しくて返事は書けなかったが……!その、僕はブレイズだからな。頼られる事が多くって、いや困ったものだな」

見苦しい言い訳をしていると自分でも分かっている。
だが、本当に手紙が来た2週間は忙しかったのだ。

『……ですが、同じブレイズで筆頭でも在らせられるリュシアン様からは、いつもちゃんとお返事をいただきますよ』

彼女から放たれた、その男の名に思わず眉を顰める。

「えっ、キミ、リュシアンと手紙のやり取りしてるの?」

『……はあ』

今度はかなり大きなため息を吐かれた。

『貴方様が1年生の頃からしていますよ。リュシアン様はお茶が好きなようで、茶葉と一緒にお送りしていると何度もお話したはずですが』

「そ、そうだった!そうだった!色々忙しくてすっかり忘れてしまっていた」

『……本当にわたくしの事は興味がないのですね』

「えっ?」

もっとしっかりなさってください!と怒られるのだと思っていた。
ナマエは、いつものように怒りはせず、ただ静かに僕から顔を背けた。
こんなことは初めてだ。
どんな時でも、僕と喋る時は目を見て話すナマエが目を背けるなんて……。

「ど、どうした…?いつもなら……「あー!いた!」

ナマエに声をかけたタイミングで大きな声が、僕の声をかき消した。

「マッキ先輩!やっぱりここにいた!」

声の方を見れば、後輩のイェルシイくんがこっちに駆け寄って来ていた。

『マッキ……?』

彼女にとっても聞き慣れないであろう僕の呼び名に、ナマエは困惑している様子で、イェルシィくんを見つめていた。

「探したんだよ、って……?」

僕の前にいるナマエに気がついたイェルシィくんも、あれ?と言うように首を傾げた。

「こんにちは?」

『…ごきげんよう』

イェルシィに挨拶され、ナマエも困惑したままスカートを摘みお辞儀をした。

「学校の人…、じゃないよね?」

きょとん、とした様子で聞いてきたイェルシィくんに、ああ、と頷き返す。

「マッキ先輩の知り合い?」

「ああ」

「ありゃ。じゃあ、お邪魔しちゃったっぽい?」

「いや、いい。僕を探したと言っていたな?何用だね」

そう返せばイェルシィくんは、あー、と言葉を濁すように伸ばして横目でナマエを見た。
………ブレイズの任務関連か。

「ナマエ、少し席を外す。直ぐにフレデリックが戻ってくるだろうし、ここに座って待っていてくれ」

自分が座っていたベンチにハンカチを敷いて、彼女に座るように促す。

『えっ、あ……。はい』

大人しく頷いたナマエはちょこんとベンチに腰掛けた。
それを見て、イェルシィくんにこっちだと声をかけベンチから離れる。


「今の人、め〜っちゃ、美人だったね」

「ああ、そうだろう」

小声で言ってきたイェルシィの言葉に素直に頷いた。
ナマエの容姿は誰が見ても振り向くほどに美しい。

「へぇ〜。マッキ先輩のお姉さん?」

「どう見たらそう思うんだ。全然似てないだろう。彼女は僕の許嫁だ」

「許嫁!?マッキ先輩、許嫁がいたんだ?さすがアセルマン家」

「キミだってお姫様なんだから、婚約者ぐらいいるでしょうよ」

「えー?いないよ」

「そうなの?」

「そうだよ」

2人がナマエから離れて小声でそんな話をしている中、2人の話が聞こえないナマエは仲睦まじいように見えるその2人の背中を見つめて、唇を噛んだ。


『知り合い、か……』

あの場で許嫁だと紹介して貰えなかった事にショックを受けた。
本来ならばマクシムから、許嫁だと紹介するべきところだ。

マクシムの隣に立つ少女は、褐色の健康そうな肌に金の髪を持っていて、明るく笑っている。騎士学校の制服も、胸元を大きく開けていて………マクシムはああいった子がタイプなのだろうか。
何を話しているのか聞こえないが、マクシムがあの子に対し、照れたように笑っている。
自分には、そんな顔はしない。いつも、オドオドと私の機嫌を伺ってくるか、自分を大きく見せようと必死だ。
そこが彼らしく愛らしいいい所であるとは思うが、私だって、笑いかけて欲しいと思うこともある。

でも、そりゃあ、こんな会う度に叱る女よりも、ああやって花が咲いたように笑う子の方が、マクシムだって好きだろう。
貴族令嬢の中にロマンス小説の好きな子がいて、その子に学園ロマンスの話を永遠と聞かされたことがあるが、マクシムも騎士学校で他の女の子と………。

「ナマエ様、お待たせ致しました」

お茶と茶菓子の乗ったサービングカートと共に、すっ、と現れたフレデリックが、おや、と首を傾げた。

「坊っちゃまは……、イェルシィ様とお話中ですか」

『はい。恐らくは、任務のお話でしょう。一般人には聞かせれない様子でしたから』

そう、分かっている。私を置いてあの子と向こうに行ったのは、きっとブレイズのお仕事の話なのだと。分かってはいても、自分を優先してくれなかった事に傷ついた。
私はなんてわがままなんだろうか。

『…あの方はマクシム様の後輩なのですか?』

2人から目を逸らしてフレデリックに尋ねる。

「はい。同じブレイズの、イェルシィ・トゥエルチュ・ハイナジン様です。アムル天将領の巫女姫様にございます」

『えっ、彼女がですか?』

誠に失礼だが、一国の姫様には見えない……。
だが、本当に彼女がアムル天将領のお姫様なのだとしたら、一介のしがない男爵家の娘である私よりも、名門アセルマンの名を持つ彼の隣に相応しいのではないだろうか。

お姫様で、騎士でブレイズで………マクシムの隣に立つ彼女は輝いて見える。

……せめて私も、騎士だったら違っていたんだろうか。
でも、うちのお父様は私が剣を握る事を良しとしない。女は、礼儀作法、ピアノ、ダンスに刺繍を学べと、そんなものばかりさせられている。

マクシムが騎士学校に入って3年。私から、会いに来る事はあっても、彼から家に会いに来てくれることはなかった。
彼はよく忙しいを理由にするが、本当は親に決められた許嫁を疎ましく思い、遠ざけようとしていたのかもしれない。彼が彼女に私を紹介してくれなかったのもきっと、そう言うこと、なのだろう……。

じわり、と目元が熱くなり視界がぼやける。

「ナマエ様?」

フレデリックが心配そうな声で名を呼んだ。
ぐっ、と泣き出しそうな感情を抑え込む。

『フレデリック。申し訳ないのですが、少し体調が優れないのでわたくしは屋敷に戻ります。お仕事の邪魔をしてはいけませんから、マクシム様にはよろしく伝え願えますか?』

「それは……。はい。かしこまりました」

フレデリックは何か言いたげだったが飲み込んで、静かに返事をした。

「馬車までお送りしましょう」

『いえ、大丈夫です。この学園の門はすぐそこですし。心配いりませんわ』

そう言って1人で、乗ってきた馬車を待機させている校門へと歩いていった。


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