BL、GL

□松野おそ松、夏の憂鬱
1ページ/1ページ

 眠気も覚めるような無駄に爽やかな夏の風が吹く七月のある日、赤塚高校一年一組の教室の片隅で、経のごとく聞こえてくる教師の声を聞き流しながら、おそ松はひとり静かに頭を抱えていた。いつも能天気な彼が悩む理由――。
 恋、である。周囲に「奇跡のバカ」とあだ名されるほどの彼だ、そんなことで悩むとは思えないが、この恋には、如何せん問題点が多すぎるのだ。
 まずひとつ。相手は男である。自分と同じ、おとこ。しかも女々しい美人系、などではなく、かなり男らしい。眉かきりっとしているし、垂れた目じりは強く優しい眼光を宿している。
 ふたつ。その相手は実の弟なのである。同性愛のうえ、近親相姦とまできた。松野夫妻涙目である。
 それについてはおそ松だって、なんで男なんだ、しかも実の弟だなんて、と随分と悩んだが、もう色々ふっきれた。これでいいのだ。きっと赤塚先生もそう言ってくれるだろう。
 みっつ。自分がタチで、相手がネコなのだ。これはだいぶ他の問題とはだいぶ違う。これはむしろおそ松にとって喜ばしいことなのだ。相手を同性愛の道に引きずり込んでおいて何だが、おそ松は別に同性愛者ではない。掘るのは好きではないし、掘られるなんてもってのほかだ。
 しかし。しかしだ。そこでひとつ問題がある。
 相手が可愛すぎるのである。
 惚気だと言われればそこまでなのだが、事実は事実なのである。
 筋肉質ながらも細身の体は思わず手を伸ばしたくなるほどに魅力的だし、そのしなやかな体躯は存外抱き心地がいいのだ。
 そして極めつけはあの眉である。いつもはきりりとしたあの眉が、これでもかという程にへにょり、と下がって嬉しそうに笑う姿なんてドチャシコ案件である。
 ここまでくるともうおわかりだと思うが、その相手とはカラ松である。ちなみに彼がネコ。
 …とどのつまり、同性愛のうえに近親相姦でこの思いを伝えられるわけがない、と深刻なものを彼は抱えているのではなく、単に「カラ松が可愛すぎてつらい」のである。シリアスではない、シリアルだ。
 今だって寝たふりをしていても、視線はしっかりと前方の席に座っているカラ松をとらえている。
 鍛えているはずのうなじは色白で、思ったよりもほっそりしている。夏の日差しを浴びて、まばゆいばかりの光を放っているような錯覚を覚えそうだ。黒耀の髪は日を受けてほのかに透けながら反射している。いわゆる、惚れた弱み、というやつである。
 と、その時、こちらの視線に気づいたらしいカラ松がゆっくりと顔をあげたのち、ゆるりとこちらを振り返った。
 どうも彼は座ったまま眠っていたらしく、目の焦点はあっていないし、何より、口の端に涎が付いている。
 恋人であるのに普段なかなか厳しいカラ松だが、寝ぼけている今なら、貴重なデレを拝めるかもしれない。そう思い、おそ松はカラ松にむかってひらひらと手を振った。
「!」
 しかし、カラ松のほうが一枚上手だった。
未だ意識が覚醒しきらない彼は、こちらに向かって振る兄の姿を認めるなり、「にいさんだぁ」と、手を振り返したのである。
 へにゃり。それにあの笑顔まで加わったのでから、いとも簡単におそ松の悩みなんて吹っ飛ぶのである。



               end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ