リスペクト・ライン

□宇土彰子
1ページ/2ページ

その日、仕事が終わってから、隆臣は久しぶりに彰子と再会した。
数多の若者が過ぎ行く新宿駅で、違和感なく凛と立つ彰子を見つけた時、隆臣は少なからず感動した。
二人は二言三言再会を喜ぶ言葉を交わした後、近くの飲み屋に歩き出した。
店は彰子が予約していた。豪胆で慎重な彼女らしい、明るいが落ち着いた会話が出来る店だと隆臣は感じた。

彼女は学生時代から変わらず、一杯目に梅酒の水割りを頼んだ。彼女はお酒に強かったが、甘ったるい飲み物を苦手としており、決まって水割りから飲み始める。
隆臣は少し迷って、無難に生ビールを注文した。

今回誘ったのは彰子からだった。だから当然、隆臣は喉に残るビールの苦味を堪能し、彼女が口を開くのを待った。
それでも彰子が話し始めないものだから、隆臣は彼女の相変わらず艶やかな長い黒髪を眺めることにした。もうお互い20代後半だというのに、彼女の髪は息を呑むほど美しいのだ。
そして、ついに彰子が沈黙を破るには、ビールの泡が黄金の液体に全て消えかかる程の時間が必要だった。

「ねえ、同窓会の連絡が届いたことは知ってる?」

「いや、知らないな。」隆臣は彼女の黒髪に意識を集中させていたものだから、少し拍を置き、記憶を巡らしてから答えた。

「やっぱりね。」と彼女は笑った。「そうだと思った。あなた、紙の連絡には昔からさっぱり気付かなかったもの。」

「ポストを確認するのが面倒なんだ。」

「きっと都議会選挙の葉書も投票日には埋もれているんでしょうね。」

そんなことはなかった。今でこそ亮太が全て管理をしてくれているが、亮太が家にやってくる前も、それだけは隆臣もきっちりと毎回探しだして投票に行っていた。
しかし、隆臣はそれは言わなかった。こんなのは只の余談だ。

「それで、どうしたんだ。こんなことを伝えるために態々呼び出す君ではないだろう?」

「そうね。忠告に来たの。あなたは今回の同窓会に行かなくてはならないって。」

「なぜ?」

彰子は氷が溶け、もう梅の味もしないだろう透明な液体を口に含んだ。
そして、国際コンクールで助演女優賞を取る女優のように、たっぷり演技ががって台詞を吐いた。それは緻密で繊細で官能的な仕草だった。

「春樹が来るのよ。」

時が止まった。

シュンキガクルノヨ。

それを聞いた瞬間、隆臣の意識は闇の中に落ちた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ