Short story

□氷上の華
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表彰台

『立とうぜ!あの天辺に‼』



エッジケースを抜き取り、200×85フィートの氷の舞台へ蹴り出す。まばらな客席を見ないようにして、練習で残った軌跡をなぞる。肌に感じる眩いばかりのライトと、氷が溶けないよう低温に調節された空調が、スケートリンクを独特の空間へと変えていく。

「ーーfrom Japan, KAZUHITO TAGAZYO」

俺は……跳べる。



レッドカーペット上の表彰台を目指し、優雅に拍手に応える友人、松島朔哉(まつしま さくや)を、俺ーー多賀城和人(たがじょう かずひと)はステージ裏に設置されたテレビで見ていた。朔哉は一番高い台に乗り、堂々と前を見据えて、次にやって来た準優勝の選手に笑顔でハグをする。選手が三人揃い、ワールドジュニア選手権の代表が順にメダルを首に掛ける。カメラのフラッシュが眩しい。日の丸が降りて、『君が代』が流れる。

唇を引き結んだ真剣な表情は、男とは思えないくらい綺麗だ。スッ、と通った鼻筋に、アーモンド型の怪しい瞳。黒髪に縁取られた顔は、手のひらにすっぽり納まるくらい小さい。しかし、身体は豹のようにしなやかで、どこか男らしく、16歳とは思えない色気を漂わせている。

有力選手が派手にスッ転んだおかげでもあるが、今回の優勝でメディアもあいつを追いかけるだろう。袖に回ったら記者たちに質問責めにされるに違いない。そしてそのままホテルに帰り、明後日には日本に到着するだろう。明日は一緒にモスクワの街を観光する予定だったが、9位の俺と1位のあいつじゃ、お互い気を遣うだけだ。

朔哉が観客に手を振り戻ってくる。

悔しい。朔哉に順位で負けたことじゃない。自分自身に腹が立つ。前シーズンは調子が良く、この選手権の出場枠を得た。ショートの演技もミスなく乗り切り、3位で、初めて優勝争いに乗れたのに……フリーで転倒してしまった。勝負に出た三回転アクセルを失敗し、焦って、体が凍ったように動かなくなって、いつの間にか曲が終わっていた。

気付けば周りに誰もいなかった。廊下には、流行後れの白熱電球が所々不気味に光っていた。

「馬鹿野郎……!結局このザマかよ……!」

今年はジャンプに力を入れたのに、栗原(くりはら)コーチも熱心に指導をしてくれたのに、また大事なところで跳べなかった。申し訳なくて、情けなくて、悔しかった。

多賀城和人は跳べないーーそれが俺の世間からの評価だった。
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