短編

□太陽の影(じゅりれな)
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「れなちゃん、おっはよー!」
朝、読書をしていると毎日この元気な声に驚かされる。びっくりするけど、あたしの大好きな声。
「おはよう、珠理奈」
「朝練しんどかったぁ!」
となりの席に彼女がすわった瞬間、ふわっとした良い匂いがしてくる。香水とかの匂いじゃない、珠理奈の匂い。

「あ、今日から大会前だからさ、部活終わるのちょっと遅くなっちゃうんだけど、いい?」
「うん。演劇部の方おわったらグラウンド向かうね。終わるまで見学してる」
「ありがとう!れなちゃん大好き!」
「あ、珠理奈がまた玲奈襲ってるぞー」
「あ、にしし!襲ってないから!これはスキンシップ!」

あはははって笑いが教室を包む。珠理奈はクラスの人気者で太陽みたいな子だ。いつも笑っていて、なんていうか影がない。彼女がいるだけで教室全体が明るくなる。そんな彼女がなぜ私なんかを親友と呼んでくれるのか、不思議だけどその理由をきく勇気はないんだ。
私は、彼女が好きだから___




部室からグラウンドへの道。意識せずとも私の胸はふわふわしてしまう。今日の部活も顧問はやる気なかったし、もともと少ない部員の出席状況も悪かった。でも、彼女に会える、彼女と一緒に帰れると思うだけで、そんな気持ちはどこかに飛んで行っちゃうんだ。

グラウンドにつくと、珠理奈の所属している陸上部だけが練習していた。うちの学校は運動部が特に強くて、その中でも陸上部はかなりの実績を持っている。珠理奈は推薦でこの高校に入学したから、かなり期待されているんだろう。

たくさんの部員がトラックを走っている中、私の目は彼女をすぐに見つけられる。彼女の髪が風になびくたび、私の胸はとくん、とひとつ波打って、私の体温を上げる。
ふいに、ホイッスルが鳴って、走っていた部員は安心したように練習をやめ、ベンチに戻っていく。どうやら今日の部活はこれで終わりのようだ。
タオルで汗を拭く彼女をみていたら、私の目線に気付いたのか、ふわっとわらって珠理奈がこっちに走ってくる。
「玲奈ちゃん、ごめんねまたせて。すぐ片づけてくるから!」
「うん。待ってる」
ありがと、とまた笑った彼女は、本当に太陽のようだった。


「あと大会まで一週間かー」
「緊張する?」
「そりゃあね。やっぱり推薦で入ったからには、結果残さないとね」
帰り道。疲れてるのかいつもよりスピードが遅い珠理奈にあわせて少し冷たい風が吹く町を歩く。もう夏も終わる。先輩たちが引退して最初の大会。これで結果を残せば県代表の強化チームに入れるらしい。
「うん。決めた!あたし、絶対に優勝するから、玲奈ちゃん応援にきてよ」
「もとから行くつもりだったよ?」
「ほんと?うれしい!あたし、めっちゃ頑張るから!」
「うん。応援してる」
私の言葉に本当にうれしそうな顔をする珠理奈。彼女のこの表情がすきなんだ。

「あ、ごめん玲奈ちゃん。今日はよるところあるから、ここで」
「ん?買い物とかならつきあうよ?」
「ううん!いいの!じゃ、またね!」
そう言ってかけだした彼女に違和感を感じたけど、疲れているからだろうと自分を説得して家路についた。
次の日、珠理奈の様子は明らかにおかしかった。落ち込んでるとか、元気がないとかじゃない。むしろ逆だ。今日の彼女は明るすぎる。さっきからいつもの倍以上のボケをかまして、クラスメイトを笑わせている。でも、彼女がそうやっているときは、すごく苦しんでいるときなんだ。人に弱みを見せない彼女の、精一杯の強がり。
ねえ珠理奈。私に相談してくれないの?珠理奈いつも言ってるじゃん。私は特別だって。私じゃ、珠理奈の力にはなれない?
「あ!玲奈ちゃん!いまあたしのこと見てた??」
「はいはい勘違い勘違い」
「違うもん!絶対みてたもん!ね?れなちゃーーん♡」
そう叫びながらこっちへむかってくる珠理奈。やめてよ、私には嘘の笑顔みせないでよ。強がりなんて、しないでよ…
気が付いたら、彼女が私のところに飛んでくるのをかわして、教室を飛び出していた。後ろからはざわめきが聞こえてくる。私はとにかく逃げるようにかけだした。もしかしたら珠理奈のことだから、追いかけてくるかもしれない。もしそうなったら、確実に追いつかれてしまうだろう。でも、保健室にたどりついても、彼女がくる気配はなかった。


結局、授業は一つも出ないまま保健室で一日を過ごしてしまった。保険医の先生に早退を何度もすすめられたけど、それだけはなぜかしたくなくて、あと一時間だけ、とあきれられるほどそのセリフをチャイムのたびに言っていた。
放課後になって、ようやく保健室をでて教室に向かった時には、とっくに部活が始まっている時間だった。もう部活に出るような気分ではなかったし、かといって珠理奈が練習しているグラウンドの前を通るのも避けたかったから、体育館裏の方を回って校門に向かうことにした。

体育館の近くまで来たとき、ふいに水道の水の音がしてきた。体育館の奥にある、駐輪場に一つだけある水道の水の音だろう。なんでそこにあるのかもわからないし、この時間はそこに人がいること自体珍しいから不思議に思うと同時に、いったい誰がなんのために使っているんだろうという興味がわいてきた。

ちかづいていくうちに気が付いた。その水道を使っている子は、泣いていた。あたりはもう薄暗かったけれど、その子の震える肩と、抑えきれてない声に、ものすごく覚えがあった。
「・・・珠理奈?」
そっと声をかけると彼女はビクッと肩を揺らしてこちらを振り向いた。その拍子に、彼女のほほを水滴が伝う。
「玲奈、、、ちゃん。あ、朝は、、、」
「珠理奈、その足、、、」
珠理奈は水道で足を冷やしていた。自分の足に目をやった珠理奈の顔がゆがむ。
とても痛むのだろう。そして、そのケガは陸上選手としては致命的なのだろう。
「っ、、、いやになっちゃうよね。どれだけ気にしないようにしても、どれだけ無視しても、どんどん痛くなってきちゃうんだもん」
そう言った彼女の顔がまた痛みにゆがむ
「、、、じゅり「ねえ、玲奈ちゃん」
言葉に詰まる私を、彼女は泣きながらふわっと微笑んで見つめる。でも、それはいつもの太陽のような笑顔じゃなくて、寂しくて胸が締め付けられるような笑顔だった。
「あたしさ、もういらなくなっちゃうのかな?だって、この学校は私の走りがほしくて私を入学させたんでしょ?だったら、陸上ができなくなったわたしは、もういらなくなっちゃうのかな?」
「珠理奈、、、」
初めて見た、彼女の影。それは普段の彼女からは想像できないくらい濃くて、大きかった。そして彼女は普段からは想像できないくらい、もろくて、弱かった
「ねえ、玲奈ちゃんも、もう私のことなんていらない?」
「そんなわけ、ないじゃんかっ、、、!」
わたしと彼女のほほを、涙が同時に伝う。気が付いたら、わたしは珠理奈を抱きしめていた。
「珠理奈、大好きだよ。私には、珠理奈が必要なの、、、」
「玲奈ちゃん、、、あたしも、玲奈ちゃんが好き、大好き」

彼女の影が濃くて大きいなら、私が月になって、彼女を照らそう
End



こんなに暗くなるはずじゃなかったんです許してください。
 

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