出で来てて 何をぞ思ふ 望の月

□三の巻
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何事も初体験は須(すべから)く、奇異なものである。

その奇異を偶然と見るか必然と見るかは、己の心次第。




三の巻 行動開始




翌朝、何かを焼くいい香りで胃袋を刺激された私はゆっくりと目を開けた。

重たい瞼を擦りよく見ると、少しばかり離れた所で黒雨が魚を焼いていた。




「お早うございます、主。起きられましたか」




頭上からは白雨の声が降ってくる。

昨日の晩からずっとあの体勢のままだったようだ。

体を起こして軽く伸びをすると節々がやたらと音を立てる。

矢張り地面に寝るのは宜しくない。




『あー、パキパキ鳴るわぁ』

「無理もありません。固い地面の上でしたから」

『さっさと帰る方法探さないと体傷めそう』




朝からため息を吐くと苦笑が返ってくる。

白雨は細い人差し指で林の奥の方を指差し言った。




「向こうに小川があります。其方でお顔を洗えますよ」

『おお、流石』

「いいえ、これしきの事。私も行きましょう」

『大丈夫だよ。直ぐ近くでしょ?』




へらりと笑って断るが首を振って譲らなかった。

この式神は心配性だが今の状況では正論だと理解する。

恐らくは戦国時代だろうけれど、見知らぬ土地で主を一人にする式神がいるだろうか。

魚を焼く黒雨に一声掛けて立ち上がった。




『分かった。黒雨、顔洗って来る』

「ああ、気を付けろよ」

『お前もか。心配性め』




揃いも揃って私の式神は心配性らしい。

白雨の案内で其処まで行けば一足飛びに出来そうな程度の小さな川がある。

汚染などされていない綺麗な水が流れ、見ているだけで心まで洗われる。




膝をついて冷たい水を顔にかける。

溜まった老廃物も落ちそう。

何度か水で顔を洗いすっきりすると、横から白い手拭いを出された。




『ありがと。用意がいいね』

「主の為ですので」




受け取ったそれで水気を拭き取り返す。




今日から行動を開始するがどの方角へ行くか相談しながら戻る。

丁度串に刺した魚が焼けたところだった。




地面に腰を下ろし差し出されたそれを受け取ると、黒雨が口を開く。




「主、これから何処へ行くんだ」

『先ずはかごめを探さないといけないから、千里眼を開くよ』

「…近くにいればいいがな」

『そこなんだよね。まぁ、遠けりゃ飛んで行くさ』




近くにいれば昨日の内に白雨が感づいているだろうし、何も言わないということは近くにいないのだろう。

幸い私は姿を変えて飛べるので、距離は問題ではない。




「ではその時は私の背に」

『別にいいけど…』




期待を込めて言う白雨に引き気味になってしまう。

どうしてコイツはこう、主至上主義なのだ。

式神だからしょうがないのかもしれないけれど、ここまでくると手の付けようがない気がする。




少々気を削がれた朝食になってしまった。




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