イケメン戦国 短編

□過去 〈後編〉
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約半刻後、足元を濡らして御殿を訪れたあたしを使用人達が迎えてくれた。




突然の訪問に女中達は驚いていたが直ぐに着替えを用意してくれて、御殿の主、光秀にも話を通してくれていた。

光秀直近の部下でもある九兵衛が先に立ち、いつも来ているというのに案内を買って出た。




「珍しいですね、この様な雨の中」

『ごめんねぇ。着物まで用意してもらって』

「とんでもない。いつでもいらして下さい。光秀様もいつでもいらっしゃる訳ではありませんが」

『あたしもそうだもの』




いつぞや、光秀があたしに用があると言って城に出向いた時、丁度城下に出ていて会えなかったり。

今みたいに御殿に来ても、公務で出掛けていたり。

すれ違う事は少なくない。




何度もある事だからあたしも光秀も慣れっこで、一言謝るだけで済ませる事が大概だ。

お互いに間諜と情報収集が役目なので仕方がない。




光秀が普段執務に使っている部屋に着き、九兵衛が声を掛けた。




「光秀様、お市様をお連れしました」

「入れ」




す、と静かに襖を開け、中へ促される。

敷居を跨げば背後でまた少しの音を立てて閉まった。




外が暗いからか光秀は明かりを付けて、書簡に目を落としていた。

文机の周りには幾つか似た様な物が散らばっている。

隙間を縫って机の横に座り、手元を覗き込んだ。




「御館様と喧嘩でもしたか」

『してないよ』

「目が赤いぞ。兎の様だ」




少しだけ顔を上げて、赤くなっているらしいあたしの目を見た。

先程泣きかけたからだろう。

それ程時間は経っていないし、彼の観察眼を騙せるとは思っていない。

苦笑して言った。




『舞にね、あたしの話をしてきた』

「成程な。感傷的になった訳か」

『そんなとこ』




それだけ言ってまた書簡に視線を遣る。

慰めも揶揄いもしない。

普段揶揄う言葉の多い光秀だが、何かを察するとこういう風に黙っていてくれる。

言いたいなら言え、言いたくないなら言わなくていい。

そういう男だ。




干渉され過ぎるのが苦手なあたしにとっては有難い。

揶揄い混じりに聞き出される事もあるけども。




暫くじっと書簡を見ていたが、暇になってしまい窺った。




『膝、借りてもいい?』

「落とされてもいいならな」




許可が出たので胡坐を掻いた膝に頭を乗せ、横向きになる。

これももうお互い慣れたもので、あたしは安堵のため息を吐いた。

すると何を思ったのか徐に書簡を片付け始める。




『仕事じゃないの?』

「急ぎではない。明日やればいい」

『ふふ、ありがと』




嘘なのか本当なのか真偽の程はさておき、光秀が大丈夫と言うならそうなのだろう。

畳に散らばった其れ等も纏めると、あやしているのか脅しているのか分からない低い声が降ってくる。




「泊まって行くのか?」

『取って食わないでね』

「食われるのは俺の方だろう」

『頭から丸呑み?』

「くく、怖いな」




遊びの様な会話だが、確信に触れないのが心地良い。

天守で話していた時よりも落ち着いている。

御殿へ来るまでに少し時間が経ったからだろうか。




それでもあたしの内心が本調子ではないのを分かっているらしく、帰れとは言わない。

頬や首を撫でる手が気持ち良くて、つい腕をだらりと伸ばす。




猫にやる様に顎下を指が擽ると強張っていた手足が緩み、少しずつ力が抜けていく。

重みが掛かるのが膝に伝わるのだろう。

手はゆるゆると動かしたまま。




『あたしさぁ』




ぼやけた頭で、何処かを見ながらぼんやりと呟く。




『怖いのかな』

「…どうしてそう思う」

『んーや、何かあの子の事、怖がらせてばっかだなーって思って』




顔にかかった髪を退ける手を掴み、遊んでみる。

細くても矢張り男の手で、銃を撃つときに出来る胼胝があったり、細かい傷が残っている。

あたしよりもずっと戦に身を置いてきた手だ。




光秀は思案する様に間を空けて、余り感情の窺えない声色で言う。




「悔いているのか」

『いや、それはない、かな』




戦に行く前話した事も、さっき話した事も、後悔はしていない。

あの子が戦国時代で生きていくのに、身構えというものが必要になる。

ただ、この時代と生まれた時代は余りにも違い過ぎる。




恐らく此方が怖がらせるつもりはなくても、あの子には恐ろしいものとして目に映る。

それは誰かの過去であったり、流れる血であったり、戦そのものであったり。

これは予想予測ではなく、確信だが、舞は戦国時代に向いていない。

血で血を洗うという考えがそもそも無いのだ。




時間があるとこないだは言った。

けれど無限にある訳ではない。

早いとこどうするか決断した方が良い。




あの子が城へ来て直ぐに、何処かの誰かが忍び込んでいるのは知っている。

志乃と小雪から報告を受けているから間違いはない。

聞けば、彼は同じ五百年後から来た友人らしく、三か月後ワームホールとやらが開くそうだ。

この時代で生きていけないというならば、その時帰るべきだ。




『話した事は後悔してない。遅かれ早かれ話してただろうし』

「なら何故悩む?」

『何でだろうね。同じ時代から来た子だから…?』




それも違う気がする。

さっぱり分からない。




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