イケメン戦国 短編
□兄妹
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【兄妹】
城門を潜り、漸く中へ着いたときには舞は息も絶え絶えであった。
駆け寄ってきた馬屋番の男に挨拶を交わし、五十鈴は何事もなかったかのように下りた。
しかし息を切らしながら未だ下りない舞に首を傾げ不思議そうにする。
『下りないの?』
「下りれないんです!」
『あっはっは!そうだったね!』
大口を開けて笑い、手を差し出す。
膨れっ面を隠しもせずその手を取り、震える両足を叱咤して地面に着地するが矢張り覚束ない。
「あっ…」
『なーに?腰抜けた?』
「誰のせいですか!」
そのままへたり込みそうになるのを、自分の肩に腕を回させ支えてやる。
その間も笑い声は止まず益々舞の膨れっ面は酷くなる。
二人の様子には馬屋番の男も苦笑を浮かべ馬の首を撫でていた。
舞を引き摺る様にして城の中へ通じる入り口まで辿り着くと、丁度其処には女中頭が居合わせた。
ちぐはぐな二人の状況がさっぱり掴めないでようで不審げに顔を顰めたが、其処は流石、いつもの迎えの挨拶を口にする。
「お帰りなさいませ、お市様、舞様」
『うん。今帰ったよ』
「……只今帰りました…」
入り口で座り込む舞の履物を脱がせてやり、もう一度抱えようとすると女中頭が止めた。
「ああ、お市様私が」
『いいのいいの』
「ではなくて、お館様がお呼びです」
『兄上が?』
「はい、戻り次第直ぐ天守へ来るようにと」
『…怒られそうな予感』
あからさまに嫌そうにするが、信長が直々に呼んでいるのでは行かない訳にもいかない。
ため息を吐いて仕方なく向かうことにした。
馬上の揺れから解放された舞は五十鈴を見る。
「…全然、大丈夫なんですね」
『何が?』
「腰抜けてないなぁって」
『んーまぁ、何年も乗ってるしね。慣れだよ慣れ』
またケラケラ笑い、袖を揺らしながら颯爽と歩いて行ってしまった。
後姿を見送り女中頭と顔を合わせると、困った笑みを見せる。
「驚かれたでしょう?」
「え、いえ…」
「私共も初めは酷く驚いたものです。お館様が突然城に置くと仰ってあの方を連れて来られた時は」
言葉は困っているものの彼女の顔は柔らかいものに変わり、懐かしさが見て取れた。
女中頭というからにはもう何年もこの城で仕えているのだろう。
彼女曰く、五十鈴は変わり者で女らしい淑やかさなど皆無に近いが、身分の違う者にも分け隔てなく接しているらしい。
それは今しがた城下でも同じ光景を見てきたので頷く。
女中や城の出入りをする庭師のみならず、あの奔放さは他の武将達、更には兄である信長にまで発揮されると。
端から見れば敬いの欠片もない態度だが、普段一線を置かれる立場からすれば彼女の態度は好ましいものなのだろう。
顔を合わせる機会の多い秀吉や三成、光秀だけでなく、同盟相手の家康や政宗も彼女を相手にすれば毒気を抜かれてしまう。
殊、信長の可愛がりようは凄いという。
詳しくは教えてくれない女中頭だったが、可笑しそうに口元を押さえるのを見れば嘘ではないのだろうと思った。
(あの人がねぇ……)
いまいちピンとこない。
それが正直な感想である。
(でも、ちょっと見てみたいかも)
信長は教えてくれないだろうから、五十鈴に今度会った時に聞こうと決める。
その可愛がりが直ぐに見られるとはこの時露程も思っていなかった。
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