イケメン戦国 短編

□破天荒とは
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20XX年、京都に旅行に来ていた水崎舞は突然の雷雨に見舞われ、偶然居合わせた青年と共に戦国時代へタイムスリップしてしまった。

目を開けるとそこは火の海。

無我夢中で助けた男は織田信長と名乗り、舞を安土へ連れ帰る。




これはその数日後から始まる。




【破天荒とは】




信長を助けた舞は織田家ゆかりの姫として城に置かれることになり、暫くは此処で過ごす事になった。

自分より四年前にタイムスリップした佐助から事情を聞かされはしたものの、未だに整理がつかずにいる。

それでも置いてもらえる以上、何もしない訳にはいかないと信長から武将達の世話役を賜った。




今も信長に手渡された文を届けに行くところ。




渡す相手は五十鈴という名の女性らしい。

舞と同じく五百年先の未来から時間を超えてきたようだが、何年も前のことだとか。

現れて以後、表向きは信長の腹違いの妹として安土城で暮らしている。




(どんな人なんだろう…。でも同じ時代の人だから何となく親近感湧くな)




他の武将達の所へ行くよりも足取りは軽く、心なしか浮足立っていた。

聞けば彼女は破天荒を絵にしたような、というよりもそれそのもの。

信長でさえ幼い頃の己より扱いが難しいと珍しく蟀谷を押さえていたのを思い出す。




五十鈴は恐ろしく気紛れな人物のようで、城に居たかと思えば城下に下りていたり。

そうかと思うと馬で遠駆けに出掛けたりと、兎に角予測がつかないと秀吉から聞いた。




今回も五十鈴が目撃されたらしい宿へ行っても居るかどうか。

送り出す時、「居なければ居ないでさっさと帰って来て構わん」と信長が言っていた。

あの傍若無人を振り回すのだから余程の自由人なのだろう。




舞は文を大事に抱え、目当ての暖簾を潜った。




「ああ、お市様ね、居るよ。二階の角の部屋だ」

「ありがとうございます!」




番頭に頭を下げ、舞は狭い階段を上る。

文を届ける相手が居たことに胸を撫で下ろし、期待を膨らませる。




先の番頭が口にしていた「お市様」というのは五十鈴の愛称で。

楽市楽座を提案したのが彼女だから、そこから取ったと言っていた。

自分の習った歴史とは異なる事実に多少驚きながらも、真実とは矢張り変わってしまうものなのだと納得する。

それに習った歴史ではお市は生まれた時からその名だったらしいので、此処はもしかしたら次元が違うのかもしれないとも推測する。




疾うに明るい時分の為、借りられている部屋の何処からも人の気配はしない。

それもそうだ。

行商人もこの時間は商いに勤しんでいる頃だろうから。




ただ一室だけ、ぽっかりと口を開けたように襖が半開きにされ、そこから白っぽい靄のような物が漂ってきているのが見えた。

明らかに其処は人の気配がする。




思わず足音を忍ばせゆっくりと近づいていく。

緊張で手に汗を握り、歩いていくと、向こうから女にしては低い声が聞こえた。




『あら、誰?』




まだ顔も見せていないのに気づかれたことにびくりと肩が揺れる。

つい、「えっ」と声を漏らすともう一度声が掛かる。




『入って来たら?』




くすくすと面白がるように転がる声には不快感は混じっていない。

それに背中を押され、慎重に顔を覗かせると、窓際に凭れて一人座っている女がいた。




(わ…綺麗な人…)




間抜けだと分かっているが、呆けてしまい言葉を失う。

仕方がないと言って欲しい。




開けられた窓から陽光が差し込んで彼女の黒髪を柔らかく照らし、顔は逆光になっている為やや陰っているがそれでも造形の美しさに目を奪われてしまった。

おまけに寝起きなのか薄い着物は肌蹴ており、陶器のような白い肌が覗いている。

身なりを整えていなくとも唾を飲むほどに艶やかな姿だった。




入り口で固まっている舞を見兼ねてか、白い手が持ち上がり緩やかに手招きをする。

我に返り、慌てて中へ入り離れた所で縮こまる様に正座した。




「あ、あの、五十鈴さん…ですよね…?」




おずおずと聞くと見惚れる笑みを浮かべられ、頬が熱くなってしまう。

その様子がまた可笑しかったのか口元に手を遣り、肩を震わせていた。




『そうだよ。あたしが五十鈴。城下の皆はお市って呼ぶけどね』

「あ、はい、聞きました。それで…」




自分が何のために来たのか思い出し懐から文を取り出す。

欠伸をして横目で見ていた五十鈴は綺麗に折られたそれを受け取り、素っ気ない動作で開いた。




投げ出され片方曲げた足の上に肘を乗せ、俯きがちになると長い髪が顔へ掛かる。

心臓に悪い人だ、と舞は感じた。

彼女の動作一つ一つが誘っているようで女の自分すら赤面してしまう。




流れる文字に目を落としていた五十鈴が読み終えたのか、視線を上げ舞を見た。

どきり、と心臓が鳴るのを抑えて目をうろつかせる。

何を言われるのだろうか、と冷や冷やしてしょうがない。




『アンタ、タイムスリップしてきたんだ?』

「へっ?」

『だからあたしと同じ時代から来たんだよね?文にそう書いてあるよ』




子供の様に首を傾げると、違うのか、と目で問う。

忙しなく首肯するとまた笑われた。




『首が落ちるよ』

「だ、だって」

『まぁいいや。兄上に帰って来いって言われたし、帰るよ』

「信長様にですか?」

『うん。文にね、遊んでないで早く帰って来いって。過保護だよね』




困った様に肩を竦めるが、嫌がっている様子は無い。

舞が目にする信長は常に上から物を言う姿だけで、他人の心配をするところは思い浮かばない。

表向きとはいえ立場上妹であるからか、心配なのだろう、と何となくイメージが変わりそうだ。




文を畳んだ五十鈴が窓を閉め、衣文掛けに掛けていた着物を手に取る。

そしてそのまま、寝巻を脱ごうとするものだから舞は焦った。




「ちょ、待って下さい!襖!襖閉めてないです!」

『え?ああ、そうだった』




今気づいたと言わんばかりの態度には初対面の舞も参ってしまった。

二階で、人も居ないとはいえ、誰かが上がってくるかもしれないのに、普通着替えるだろうか。

一瞬、蟀谷を押さえる信長の気持ちが分かってしまった舞だった。




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