椿の花

□第七香
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リクオが本家へ戻って暫く経った。

中々来ないことに痺れを切らした旧鼠が立ち上がって振り返る。




「遅いな、奴良リクオ。ま、来ないなら来ないでオレは構わないが」




嫌味な笑みを浮かべ言い放つ旧鼠をゆらは睨み返し、大声で喚く。




「旧鼠!アホな事は止めるんや!ええ加減にしい!」

「やれやれ、元気な事はいいが自分の立場を弁えて欲しいですね」

「アンタに弁える立場なんかないわ妖怪!」

「……この、小娘」




正面から言い返すそれに旧鼠が苛立つのが見て取れた。

正義感が強いのがゆらの長所だが、一歩間違えば愚かとも取れる。

今の状況がそうだ。




式神も使えずかと言って素手で戦う術も持たない者が、妖怪相手に挑発など殺してくれと言っている様なもの。

しかし状況が理解出来ていても屈することは、陰陽師としての矜持が許さないのだろう。

眉を顰め、人知れずため息を吐いた。




ゆらの大声で気付いたカナが薄く目を開けた。




「…ぅ」

「家長さん!?」

「ゆら、ちゃん。ココは…」

「旧鼠のアジトや。コイツ等、うちらを食うつもりらしい」




あろう事かオブラートに包みもせずそのまま言った。

ほら、カナの顔が青褪めちまった。




「え…?く、食うって…きゅうそ…?何、それ」




青褪めただけでなく混乱もしてしまっている。

ゆらは先に目覚めたから状況を理解出来ているが、カナは今起きたばかり。

戸惑うのも無理はない。




だが拙いな。

この様子だと、リクオが来る前に旧鼠は二人を食っちまいそうだ。

俺がいる所為で少し流れにズレが生じてしまったのか。

時間を稼がねぇと。




仕方なしに檻の前へ回り込み、聞こえる様に言った。




『なぁ、自称夜の帝王さんよ』

「だ、誰だ!?」

『三代目はまだ来ねぇ。ちょいと俺と遊ばねぇかい』




ぬるりと姿を現し、同じくらいの背丈の旧鼠を見遣る。

突然目の前に出た俺に驚き素早く距離を取る。

後ろでも驚愕の声が上がり、ちらりと一瞥だけして静かに一言添えた。




『二人共、大人しくしてな』

「あ、アンタ、さっきの声の…?」

『おうよ。お前が食ってかかるからなぁ、こっちゃぁ冷や汗掻いたぜ』

「何するつもりや!まさか、」




顔は向けずニタリと嗤い、愛刀を抜いた。

それを見た鼠共は腰を低くし飛び掛かる体勢を整えていた。




「テメェ、ぬらりひょんか…?」

『いいや。似てるとは言われるが違ぇよ』

「誰だか知らねえがいつから居た?」

『テメェの部下が彼奴を連れてくる前からさ。甘っちょろいもんだねぇ』




小馬鹿にした様に言うと、癇に障ったらしく鼻に皺を寄せた。

ギリ、と牙を軋ませると弾ける様に吠えた。




「やれ!コイツから殺せ!」




姿を戻した鼠共が一気にかかって来た。

愛刀を振り翳し最初の奴を斬り、次の奴を斬り進める。




檻からは離れず背にして、襲ってくるそれらを幾つも幾つも斬り伏せる。

横からも上からも来るから幾ら斬ってもキリがない。

流石は鼠。

数だけは一人前だ。




そうしていると返り血が飛び散り、着物に染み込む。

別にお気に入りって訳じゃねぇから構わねぇが、洗うの誰だと思ってんだ。

屋敷の奴だぞ。




『おい、テメェもかかって来たらどうだい』

「まさか、見物させて貰いますよ。それよりいいんですか?後ろ、見なくて」




振り返れば檻の柵の間から体を滑り込ませようとしていている奴等がいた。

カナも式神を使えないゆらも、後ろへ下がろうとするが逃げ道はない。




『チッ』




何処までも汚い手を使う奴等に舌を打って、懐から小さめの杯を出す。

それに酒と共に息を吹きかけてやれば勢いよく炎が上がった。




「ギャアアアッ!!」

『汚ぇ手で触るなよ』




檻を囲んで壁になる炎に触れた鼠共が焼かれ、塵になる。

旧鼠は面白くなさそうな顔をした。




『はっ、残念だなぁ旧鼠。教えるなら捕まえた後じゃねぇと』

「ちょっ熱っ!?何やコレ!?火!?」

「ゆ、ゆらちゃん危ない!」




間抜けな声がしたと思うと、檻の後ろの方へ下がっていた為、炎に触れそうになっていた。

何処までも空気読まねぇ奴だな、此奴。

折角乗ってきていた気分が削がれてしまいそうになる。




『ゆらお前マジで黙れ頼む!』

「うっさいわ!アンタがいきなり火なんか使うからやろが!」

『空気読めよ!』




炎を挟んで言い合う間にも鼠が隙を突こうとして、その度に刀を振るって捌く。

此奴がいるとホントに緊張感なくなる。

如何したもんかと内心頭を抱えていると、突然部屋の入り口が壊された。




「な…!?」




焦る旧鼠が其方を振り返り、俺は笑みを溢した。




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