long*ヒロインスイッチ!

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「テストなんてこの世からなくなっちまえば良いのにィ」
 寮を出るとき一緒になった東堂と登校中、オレの不服をあしらうように東堂は返した。
「心配しなくても、学生という時代が終われば、そうそう受けることもないだろう」
「おめーの頭ン中はお気楽だネェ。社会人になっても資格取得やらでオベンキョーしなきゃなんねェだろォ」
「話を合わせてやっただけだ! そんなこと俺だって知ってる!」
 いつもは人気のない早朝に潜る校門。
 今は1学期末テスト中のため、他の生徒と同時刻に登校するから、門までの歩道は生徒で溢れている。しかも、何故か女子たちが一度立ち止まりスカートのウエスト部分を弄って丈を伸ばしているから、門は目の前なのに、先が詰まって歩く速度を遅くする。
「ちゃんと勉強したのか?」
「赤点取らねェ程度にはしたつもりィ」
 東堂に返した言葉に、別の声が返ってきて、同時に肩へ何か固いものがブツけられた。
「せめて平均点取る程度には勉強しろよー」
 校門傍に立っていたみょうじがハードカバーのファイルでオレの肩を叩いたのだ。
 みょうじを見下ろすと、元々短い髪が昨日より更に短くなっていた。
 オレの心をいとも簡単に締め付ける、みょうじのころころ変化する表情が良く見えそうだ。
「げっ。何してんだヨ」
 本当は心臓がふわりと浮いたけど、こんなことにいちいち反応しては身が持たない。
 面倒くさそうな顔を演じて素っ気なく返した。
「風紀指導だよ。テスト中に朝から化粧やら制服着崩すために時間使うヤツはどうせテスト結果に出るんだから、放っておけば良いのにな」
 みょうじもまた、面倒くさそうに返した。
「タナカに押し付けられたんだァ?」
 女子たちが校門前でスカート丈を伸ばしていたのは、ここにいつも立っているタナカ対策だったようだ。
「そう。なんか現国のテストに訂正があったらしい。自分はそっちが忙しいからって、あいつのお楽しみを譲られたのよ。別にさ、ちょっとスカート短いくらい良いじゃんね。生足露出は若者の特権なのに。男子もそっちの方が良いだろ?」
「バッカじゃねーのォ?!」
「保健体育の先生がそれを言ってはならんよ」
 東堂が笑って突っ込む。
「健全な下心なら大いに結構でしょ」
 あっけらかんと言ったみょうじは後方から来た女子生徒の集団に囲まれた。
「先生おはよー。髪切ったのー?」
「うん。今部活休みだから昨日の夕方切りに行けたんだ」
「可愛い。先生顔ちっさいから似合うねー」
「あっ、今日はなまえ先生なんだー。良かったー」
「タナカのやつ、毎朝スカートの裾に定規当てて足触るんだよ! どうにかしてよー」
「マジで? そこまで?!」
 立ち去りながら、なまえの驚愕が乗った声を聞いた。
「マジだよ。化粧してんじゃないかって頬触ってきたり」
「そうそう! この前もさ――」
 遠くなる女子の苦情に、タナカがセクハラ問題で訴えられんのも時間の問題だなァとぼんやり考えていたら、騒がしく色んな会話が飛び交う中、ひとつの声色に聴覚は一瞬で捕まる。
「あーっ、荒北ぁ!」
 少し枯れた媚びない低い声。声を張ると僅かに高くなるみょうじの声。
「シャツの裾はズボンに入れろよー」
 振り返ったら、人ごみの中でも真っ直ぐにみょうじの居場所を捕らえてしまえる。
 小柄なみょうじは生徒の群れの向こう側に居て見えないのに、声色だけで、今あいつが浮かべてる表情が想像できる。
 きっと、ニイッと歯を見せて笑ってる。
 オレは大人しく裾をズボンの中に押し込んだ。

「みょうじ先生って変わってるよな」
 昇降口で東堂が呟いた。
「初めは教師として不真面目すぎると思っていたが、自分の見る目のなさを痛感している」
「……どーゆー意味ィ?」
 急に胸が詰まるような焦りを感じた。
 この展開は――もしかして、実は東堂もみょうじのことを? いやいや、こいつに限ってそれはねェだろ。女に囲まれてキャーキャー言われて調子に乗るヤツが特定の誰かを好きになるわけ……
 ――ン? 待て。これは少女漫画でいうところのライバル登場? モテモテ女子がヒロインに悪気なくヒロインの好きなヤツのことが気になってるとか言い出すパターン?!
 次々に脳内に描かれるオレを取り巻く恋愛の選択肢。
「……おめー、もしかして……みょうじのこと好きなのォ?」
 先に上靴に履き替えた東堂が振り返り、恥じらいも物怖じもない落ち着いた口調で言う。
「ああ、好きだな」

 完全に取り乱し、テストから思考が逸れてしまったオレは現国の解答欄が1つズレていることにテスト終了10分前に気付いて慌てて書き直した。
 それくらい動揺していた。
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