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□よく聞けよ
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私には今、気になる人がいる。


ただ、目で追いかけてしまうだけで
好きな訳ではない。…と思う。




だけど、私は彼には歓迎されていないようで

目が合っても必ず逸らされるし
食堂等で顔を合わせると
「げっ…」なんて嫌そうな顔をされるし。




そんなのも、今では慣れてしまって
ただの挨拶程度だと思っている位だ。


でも、最初こそ、ショックだった。
多少なりとも気になっている相手に思いきり拒否されるのだ。
ショック以外に感じることは無いだろう。




「サラミ、座らないの?」



後ろから、ミーナの声がする。




「ごめん、考え事してた!いま座、る…」



振り返って笑顔を向ければ、
私と目が合ったのはミーナではなくて
いま正に考えていた相手、ジャンだった。




彼がまた「げ…」と声をもらした。





「お生憎様。ここしか空いてないの
すぐ食べ終わって片付けるから我慢して」




ジャンの正面に腰を下ろして黙々と食べ始める。
隣に座るミーナと彼女の正面のマルコが
この空間の気まずさを消すように、
次の授業の対人格闘技について話し始める。




「…み、ミーナは誰と組んだんだい?」


「私は、まだ決めてない」


「じゃあ、僕と組んでみる?」


「うん、お願いしようかな」




自然に笑顔で話す二人が羨ましくて、スプーンを持つ手に力が籠る。




ジャンの方を見ればバチっと目が合って
また、嫌そうな顔をされた。





「な、なんだよ!」


「っ…何もないわよ!」




ガタンと立ち上がり、殆ど残した食器を下げに行こうとする私を、ミーナが止める。




「サラミ、ちゃんと食べなきゃ
対人格闘技なんて倒れちゃうでしょ!」



マルコまで、困ったような顔。




「…もういらない、食欲ないの。」




それに反応したのは予想外の人だった。




「はっ、随分と余裕みてーだな!
そんなに余裕なら、今日の対人格闘技はこの俺が相手してやるぜ」




「…っ、は?」




「じゃあ、後でな。」




スッと立ち上がって、ジャンが食器を下げに行く。




どうすることも出来ずに、立ち上がったままの私の腕をミーナが緩く引っ張り、座らせてくれた。




「ごめんね、サラミ。ジャンも、
悪気がある訳では無いと思うんだけど…」



マルコが小さく、頭を下げる。
それでふと、我に返った。

例えどんな形であれ、ジャンとペアになってしまった。
それは、嬉しい以外の何でもなくて。思わずにやけてしまいそうになる口許を押さえた。



「…、何でマルコが謝るの!
全然気にしてないから大丈夫だよ。」




「それなら良いんだけど…ミーナ、僕先に行ってるね」


「うん、後で合流する!」



私とジャンのピリピリした空気とは全く違う
穏やかな空気が二人の間に流れる。

同じ人間なのに、どうしてこうも違うのだろうか。そんなくだらない考えが頭を回る。




「サラミ、良かったじゃない!
まだあいつの事、気になってるんでしょ?」




「うん…でも、どうしたらいいのかな」





小さく問いかけてくるミーナに、同じように小さく返事を返すと、いつもの笑顔で笑ってくれる。



「どうするも何も…いつも通りで大丈夫!
折角誘ってくれたんだから楽しみなよ!」



「うん…そうだね。」









鐘が鳴る直前に外に出ると、ドアの横で待っていたらしいジャンが小さく「おせぇ、」と呟く。



「…ジャン、ごめんね。」




素直に謝る私に驚いたのか、目を見開く。




「…あ?べ、別に気にしてねぇよ!」




一瞬、頬が赤く見えた気がするけれど
気のせいだと思って体勢を整える。





「ジャンがならず者役?」


「まずはお前がやれよ」




多少上からな物言いにイラッとはきたが
心を落ち着かせて笑顔で対応する。






「じゃあ、私がならず者の役ね?いくよ?」



「おー」



木で出来た偽物のナイフを構え、
ジャンに向かって走り出す。



「…お前さ」


さらり、またさらりと余裕そうに
私の攻撃を避けながらジャンが口を開く。




「な、なに?」




グッと彼に両腕を捕まれ、
為す術のない私にジャンが顔を近づける。




「俺の事、嫌いなのか?」



「っ…!」





近すぎる顔、鼻にかかる吐息、
動いてしまえばすぐに唇が当たりそうで、脳まで蕩けてしまいそうな感覚に、咄嗟にぎゅっと目を瞑る。


それと同時に、唇に柔らかい感触。





「っ…ジャ、ン?」


「俺は、嫌いじゃねー」



驚いて目を開く私に、
ジャンが べ、と舌を出して悪戯に笑った。
恥ずかしかったのか、真っ赤な顔で。




「ジャン…っ、私も、嫌いじゃない」



「っ、そうかよ」



上官の目を盗んで背伸びしてジャンにキスすれば、照れたように、それでいて嬉しそうに頬を掻いた。



よく聞けよ


(( 好きだ、お前が ))


( その…突っかかって、悪かったな )

( わ、私も…ごめんね )


.

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