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□大切で、大事な
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『赤司くん、…おはよう。』
「おはよう。名無しさん 」
これで、会話は終わり。
同じクラスだというのに、
全くと言っていいほど話をしない。
普通、付き合ったばかりの頃は
2人共 浮かれて いちゃいちゃするものだろう。
けど、あたしたちにはそれがない。
恋人同士になった次の日は戸惑った。
両想いなのだから、
おはようくらい言ってみようと
勇気を振り絞って
自分から赤司に挨拶してみた。
「赤司くん、おはよっ…」
ぎこちない笑顔でそう言うと、
赤司はほんの少しだけ、
目を開けて驚き、
「………おはよう。」
とだけ言って
すぐにいつもの無表情に戻った。
その余りにも素っ気ない態度に
あたしはとても不安になった。
(あ、れ? あたしたち 付き合う事に、なったんだよね…?
あれはやっぱり夢なのかな )
そう思った。
…付き合いだしてから1ヶ月。
あたしは理解した事がある。
放課後、
赤司の周りにはいつものように
女の子たちが群がっている。
「赤司くーんっ
分からないとこあるんだけど、
教えてくれないかなぁ?」
“あぁ、あたしもーっ”
…語尾にハートマークがつくような声色で何人もの女の子が赤司に話しかけている。
「…悪いが、今から彼女と一緒に帰るんだ。
他を、あたってくれないか。」
そう優しげな微笑みを浮かべて
その娘たちから離れあたしの元に
歩み寄ってくる。
「名無しさん、…帰ろう。」
“え、ええええええ…っ!?”
後ろから先程の女の子たちが
驚いた様な悲鳴に近い声をあげる。
……あたしたちは、こうやってどちらかが宣言しない限り、
周りから恋人同士だと気付かれることは無い。
それほど、冷めているのだ。
『…ん、分かった。』
あたしも本当はいちゃいちゃしたい。
もっと恋人らしい事をしてみたい。
だけど、赤司の態度に合わせている。
──赤司には他に本命がいる。
あたしはただの代わり。
多分… 女よけの為だろう。
あたしは赤司の本当の好きな人に
気付いてしまった。
ほんとなら…
それに気づかずにこの状態を幸せに過ごすべきだったんだと思う。
だけど、
あたしが
バスケ部のマネージャーをしていたばかりにその事実を目の当たりにした。
それに気付いてしまったときは
心が引き裂かれそうになる位に傷んだ。
(なんで、あたしを選んだの。
…どうして、こんな辛い気持ちにさせるの…?)
毎日の様に練習中、
部員から隠れて涙を流していた。
「…名無しさん。
さっき帰ろうと言ったが、
桃井と練習メニューについて話し合う約束をしているんだ。
…すまないが、1人で──」
『分かってたよ? 帰らない事くらい。
……がんばって、ね。』
──ほら、貴方はまたあたしの心を
傷付ける。
「あぁ。 …じゃぁ。」
そう言ってあたしの元から
振り返る事もなく離れていく
夕日に照らされた貴方の後ろ姿。
…悲しくて、惨めで。
涙が溢れてくる。
『な、んで…っ
もう、辛いよ…っ! 』
何度目か分からない涙を流して
その場から立ち去った。