王佐の誓い

□変容
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「清麿、確かめさせてくれ」
 話の途中から掴んでいた手をそのまま、ガッシュは立ち上がり清麿を腕で引き寄せた。
「清麿の思いは、恋ではないのだな」
「ああ」
 想いを返せない後ろめたさを、敢えて切り捨てて清麿は答える。大丈夫だ。心臓がやたらと落ち着かないのは緊張のせいだ。ガッシュの顔が近いせいだ。
「だが友としては、想ってくれていると」
「そうだ」
 恋でないのは確かなんだから友達だ。これまで変わらなかったものが、これから変わるはずもない。これ以上は好きになれない。なりたくもない。
「そして王佐として、傍にいたいと望んでくれていると」
 思いがけなく柔らかく包みこむようなガッシュの声は、詰られるよりも辛く清麿は思わず目を伏せる。想いは返さず顧みず、それでも傍にいたいだなんて、酷い願いとわかっている。
「もし、これから先、お前が望んでくれるんだったら。俺は、お前の王佐でいたい」
 答える声はか細く微かに揺れていた。
「わかった」
 あっさりとした短い答えに目を上げると、ガッシュの瞳が笑っていた。

「恋人と呼ぶのは諦めるのだ」
「……いいのか」
「うぬ。清麿の気持ちはわかったのだ。だから、私が王佐として清麿を求めるのを許してほしい」
 窺いつつほっとする清麿に、微笑むガッシュが畳み掛ける。
「私がやさしい王様であり続けるには、どうしても清麿が必要だ。だから清麿は、私の最も近くに誰よりも親しく、王佐としてこの傍らにいて欲しいのだ。私が王として成すことに、共に手を携えて欲しいのだ。そして、もし私がやさしい王様でなくなったなら、きっと諫めて欲しいのだ。そういう王佐として、私は清麿を求めたい。受けてくれるか?」
「ああ。わかった。受ける」
 王佐とは何か、言葉にされることで安定するものがある気がした。自然と清麿も笑顔となりガッシュの求めを受け入れる。

「では清麿には、王佐として一つ約束をしてほしい」
「約束?」
 そう言われて清麿はいくらか身構えた。
「私のすることを少しでも嫌だと感じたら、そこで直ちに拒んでほしい。これは絶対、必ずだ」
 時々優しすぎることがあるからの、というぼやきに清麿も笑う。
「ああ、なるほど。そうだな」
 気持ちをほぐした清麿に、真顔となったガッシュが真正面から瞳を注ぐ。

「私は清麿が好きだ」
 清麿の顏を真っ直ぐに見つめてガッシュが言った。
「私は清麿がとても好きだ」
 腕に囲って引き寄せて、頬擦りをするような近さでそう言った。
「私は清麿がとてもとても大好きだ」
 心惹かれる琥珀の瞳が近く迫って気を取られた瞬間に、ふと唇が重ねられていた。

 気づけば目蓋が閉じていた。反射的に。拒むなら目を開け、突き飛ばすか何かしなくてはいけない。でも動けない。温かくて優しい柔らかな唇の感触に頭がふわふわとして定まらない。ただ合わせただけの唇が、そっと触れるだけの口付けが。ひどく愛おしくてたまらない。
 突き放せないのは初めてだからだと思おうとして無理だと気付く。言い訳だ。今までもこれからもガッシュのことは拒めない。それが答えだ。

 解放された目の前には、覚悟を漲らせたガッシュがいた。
「清麿、これも私の王佐への想いだ。さっき、受けてくれたものだ」
「でも、俺は」
「清麿は変わらなくてよい。想いを返せとは言わぬ。私が清麿を好きなだけだ。我儘だ」
「けど、そしたらお前が」
「大丈夫だ。私はこれしきのことで傷付く玉ではない」
「だけど、俺はいつかお前を置いていくんだ。なのに」
「わかっておる。私が清麿と一緒にいられるのは一時だ。だが私はもう清麿を離したくない。時が短いのなら尚更だ」
 先の孤独も承知の上でそれでもと訴えてくる瞳を見れば、傷つけたくないと逃げるのはただの卑怯としか思えない。
 拒めないなら受け入れればいい。それでガッシュは笑顔になる。頷けないのはただ清麿の我儘だ。

「私が、清麿を諦めるための、方法はある」
 ガッシュが重く口を開いた。
「初めから、無かったことにするのなら。私は何も告げなかったことにして、清麿は扉が開いたら人間界へ帰る。そして二度と会わない。そのために、」
 穏やかに、寂しさを隠してガッシュは言う。想いが叶わないなら、どうすれば清麿を解放できるか。考えて、方法は一つしか思い浮かばなかった。
「……記憶の消去」
「そうだ。清麿は、この魔界に来たことだけでなく、そもそも魔物の存在や私との出会い、その一切の記憶を全て失う。私が赤い本の力で消す。その方法でなら、私も清麿のことを本当に諦める」
 どうする、と訊かれて清麿は首を横に振る。
「駄目だ。いくらお前でもそれだけは絶対に許さない」
 思いをこらえ、それでも気丈に目を尖らせる。
「俺の財産を奪わないでくれ」
 睨みつけ、どうかすると泣きそうな顔で。

「約束をしてくれ。俺が死んだら、必ず誰かと幸せになるって」
 ほんの一時とガッシュが言っても、それは清麿の一生だ。元から、生涯をガッシュと共にと願って魔界に来た清麿だ。清麿の生涯はガッシュのものだ。
 ガッシュは優しい。十数年後、たとえ清麿が恋愛の対象ではなくなっても、王佐として傍にいる限り、たぶん誰とも結ばれない。これは清麿の悪あがきだ。
「俺は、お前と恋愛するなんて、ゴメンだから。もし転生なんてものがあったとしても、絶対にしない。こんなことで悩むのは一度きりだ。お前とまた巡り合って、またこんな思いをするなんて、それこそ死んでも嫌なんだ。だから、諦めて、別の誰かと幸せになれ」
「わかったのだ。約束する。私はきっと、いつか誰かと幸せになる。清麿が死んだら、その後で」
「絶対だからな」
「うぬ。……ああ、でも今も幸せだからの」
「今だけな」
「それ以上の幸せなど、求めようもないのだ」
 こうして王佐が私の腕の中にいてくれるからのと、ガッシュが清麿を抱えたままで椅子に座る。脚の間に挟まれて、背中から腕を回されて、あからさまな密着に清麿は顔を赤くする。

「ところで。私はてっきり、清麿は初めてではないと思ったのだが」
「は?」
「口付けのことだ。前に送別会で誰やら女性にされておったろう平然と。あの時、私がどれだけ衝撃だったか」
「あれは悪ふざけだろ酔っぱらいの。その誰かさんも俺が未経験だって知ってて、いつも頬っぺたとかで」
「では私が本当に初めてとな」
「そうだよ悪いか! そういうお前は」
 振り向こうとする清麿の肩に、ガッシュの額が載せられた。
「私も家族でない者とは初めてだ。……だから無理はせぬよ。今日はこのまま」
 ガッシュのその満ち足りた声を聞き、清麿も身体の力を緩めていく。
「……清麿は私の王佐なのだ」
「ああ、これからもよろしくな」
 背中に感じる温もりに、増した重みの愛おしさに、言葉で伝えて伝わりきらない想う気持ちがあるのだと、ふたりはそれぞれに吐息を漏らした。

 王佐とは、初めから名前だけの存在だ。王を補佐する役職かもしれないし、特別な役割や立場を示すものかもしれない。誰がどう名付け、誰を指すのか、その定義など何処にもない。
 常に王の傍らにあって王佐と呼ばれるその存在が、はたしてただの友人か、または家族に等しい者か、あるいは恋人か、はたまた伴侶か。それは当事者の意識のみならず、周囲の認識によって変わるのだ。

 ガッシュは、心の支えを王佐と呼ぶ。友達で、本の読み手で、王佐だと。これから先もおそらく清麿は認めないだろう意味をも込めて。
 それに清麿が気づいたかどうかはわからない。
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