王佐の誓い

□術式
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 そのとき、折り紙を動かす魔力が清麿の目に重なって見えた。開かれたアンサー・トーカーの感覚が、目の前の事象に答えを出していく。

 折り紙には魔力が通う回路が術式として形成されている。術式は魔物が紙を折るときに自然と描かれ、完成した折り紙に魔物が触れると、そこから魔力が流れて紙を動かす。同じ折り紙でも作り手により動きが変わるのは、作り手が心に思い描くものによって術式が違うものに変わるからだ。
 これは魔力という力のすべての仕組みだと、清麿は理解した。魔物は無意識にその力を術式の形に表し、それに魔力を通すことで術を発動する。
 清麿やガッシュが今まで唱えていた呪文と同じように、術式もまた魔物の心の表れだ。
 魔界に来てから、魔物の術を見るのも初めてではないが、紙という素材を通して、それまでわからなかった魔力と術の流れが透けて見えたようだ。
 そして同時に脳裏に閃く巨大な術式。
「扉だ」

 一つの円から展開される複雑な術式に意識を集中していたのは、ほんの数秒。
「ただいまなのだ、清麿」
 ガッシュの声で我に返った。

 部屋に入ってすぐ清麿に声をかけたガッシュはモモンから折り紙遊びに誘われていて、ガッシュと一緒に帰ってきたゼオンは、キャンチョメが製作中のライオンを注視している。
 清麿は、折り紙用に切る前の大きな紙を手元に引き寄せ「扉」となる円の術式を書き出した。
 全体として真円を構築する術式は、その一つ一つの要素がすべて異なる術式の円でできている。さらに術式と術式は結ばれて重なり、また円の内側に渦を巻くように連なって幾重にも円を描く。
 それに、その大きさ。術式の大きさに比例して、その発動には大きな魔力を必要とする。
 清麿には魔力がない。だから扉の術式は魔界の言葉で書かれる。
 魔界と人間界をつなぐには、清麿が書いたこの扉の術式が魔物によって描かれ、魔力によって発動されなければならない。
 魔物はそれぞれの心と魔力の表れとして術と呪文を作り出す。そのため術も呪文も、ある意味では魔物の心の有り様に縛られている。魔力さえあればどんな術も呪文も使えるとはならないのだ。心にないものは術式にも描けない。
 しかも扉の術式は、魔物の術や呪文とは少し違う。魔界と人間界をつなぐために、魔物にはない人間の発想が組み込まれているからだ。
 清麿の書いた術式を寸分違わず心に描き、世界をつなぐだけの膨大な魔力を持つ魔物。その魔物の心当たりは、といえば。

 机の脚にぶつかって止まった帆掛け船を拾い上げて、ウマゴンは机の上に広げられた術式を見て首を傾げた。そこに、ティオがさっきと色違いの薔薇の花を折ったのを清麿に見せに来て、ウマゴンと同じように術式に目を止めた。
「清麿、それは何? 初めて見るわ」
「扉の術式だ。魔界と人間界をつなげる」
 清麿のさらりとした説明に、ティオとウマゴンは驚いて聞き返す。
「扉の術式……呪文とは違うの?」
「メル? 魔界と人間界が?」
「おい、清麿、見せてみろ」
 清麿とティオ達のやりとりに気づいたゼオンが、術式を書いた紙を取り上げてじっと目を凝らした。書かれている術式を確かめるように指でなぞり、すぐに紙の端を弾いて顔を上げる。
「ガッシュ、これを読め」
 鋭い声でゼオンに呼ばれたガッシュは、鶴を作ろうとして折り間違えて皺くちゃになった紙を机に置いた。幼い頃からの不器用はまるで変わらない。
 ゼオンから渡された術式に目を通して、ガッシュは魅入られたように瞬いた。

 つられて見に来たキャンチョメは、落ち着きなく目を左右させているし、横から術式を覗き込んだモモンは、まるで理解できないというように頭を振る。
「うーん、呪文じゃないのに、魔物の術なんだ。変わってるね」
「転移の術と似てるかな。こんな複雑なの見たことないけど」
 ひそひそ声も気にかけず、ガッシュはじっと黙ったままだ。いつの間にか皆が遠巻きにガッシュを窺っている。
「……大きいの。それに、たくさんの(よすが)がいるようだが、これは」
 ガッシュの赤い本が清麿にしか読めなかったように、清麿の術式はガッシュにしか読めない。
 清麿はアンサー・トーカーの答えを告げる。
「この術式を描き、術の要に縁を結ぶ。つくりあげた円環に魔力を巡らせれば、そこが魔界と人間界の扉となる」
 そして、ガッシュだけが清麿の術式をつくることができる。
「読めるな?」
「うぬ。術をつくりあげるには準備と修練がいりそうだが」
 念を押すゼオンに、ガッシュははっきりと頷いた。
「これで魔界と人間界をつなぐことができるのだ。ならば、必ず」
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