王佐の誓い

□術式
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 魔物は新年を迎えると年齢を一つ繰り上げる。ガッシュは15歳となったがまだ少年の域を出ず、清麿にはあどけなささえ感じさせる。
 夕餉までのわずかな間、何をするでもなくガッシュは清麿の傍にいる。
 初めのうちは、ガッシュが王宮での執務の様子を話したり、あるいは清麿が魔界について尋ねたりしていたが、だんだんとお互いが慣れていくと、かえってそんな遣り取りは減っていき、代わりに静かな安らぎが間を埋めていくようになった。

 先の丸まった鉛筆の芯を折りたたみナイフで削って尖らせていると、同じ机に肘をついて眺めていたガッシュがしみじみと言う。
「清麿の手は器用だの」
「そうか? 鉛筆削りとか誰でも出来ることで誉められても。ああ、お前、不器用だからか」
「不器……まあ、そうだが。そうではないのだ」
「ん?」
 視線を向けると、かち合った目が伏せられた。照れたようなそぶりを訝しみつつ視線を手元に戻すと、ふいに答えが返ってくる。
「私は清麿の、手が好きなのだ」
 ささやかな声が大切なものを打ち明けるように響く。聞き流すこともできずに息を詰め、止まりかけた刃を慎重に動かす。
「その手が何かを作っているのが、好きで。そう言いたかったのだ」
「……人間は、道具を作る動物だ、と定義されてる。何かを作るってのは、人間の本質なんだとさ」
 返す言葉を探したあげく、至極真面目な表現で照れくささと微かな緊張を押し隠す。
「では、私はその本質が好きなのだな」
「人間の本質が?」
「うぬ。それでの、清麿。今度のお休みに、私と一緒に来て欲しいところがあるのだ」
 清麿は顔を上げてガッシュを見た。そうさせるだけの真剣な声。ガッシュも今度は目を逸らさない。
 時にのぞく魔界の王としての表情は、意外なほどに大人びている。向き合って背筋がすっと伸びるような、そんな今までになく改まった気持ちになる。

「前々から、考えてはいたのだ。私の友達で、清麿に会わせたい者がおる」
 わざわざ事前に告げて友達に会わせるなんて、よほどのことだ。そう察した清麿はガッシュの願いを快諾する。
「わかった。今度の休みだな」
 するとガッシュの張りつめた表情は一転して、くしゃりと解けた。
「では、約束だぞ。清麿と私だけのお出かけだからの、楽しみなのだ」
 嬉しさがこぼれ落ちるような笑顔を向けられて、清麿も思わず頬をゆるめた。

 それが魔界に来てから初めての二人だけの外出だった。



 魔界と人間界をつなげる「扉」のことがわかったのは、つい先日のこと。

 その日、ティオとモモンとキャンチョメ、ウマゴンがそろって来ていて、何かの拍子に折り紙の話になった。
 魔物達にとって折り紙は懐かしい人間界の遊びだ。単に紙を折るだけで作ったものを使っても遊べたの楽しかったという。
 それが魔界では魔力で動かせる、と話すうちに気付いてやってみようとなった。
 魔力がない清麿は、紙を大量に切り揃えて折り紙の見本の製作をする。
「清麿、ライオンを作ってくれよ」
「ライオンの顔ならそこ、折ってあるぞ」
「僕はちゃんと立って歩く、吼えるライオンを作りたいんだよ!」
「立体折りか。それ、かなり難しいぞ?」
「できるよ! 清麿に作れるなら僕にだって!」
「お、言ったな。なら、折り方は見て覚えろよ? 一度きりで、後は見本とにらめっこな」
 これも童心に返るというのだろうか。清麿は一回り以上大きい紙で、容赦なく複雑な立体折りを披露する。
 清麿の手が迷いなく折り進めるのを見たキャンチョメは、完成したライオンを前に挑みかかるように折り始める。
 その間に、いくつかの折り紙を作り上げた他の皆は、清麿の手が空いたと見るや、それを次々と目の前に並べていく。 
「できたよ、ほら」
「私も! 見て清麿、上手にできたわ」
「メルメ〜ル、僕も折れたよ〜」
 成長して喋れるようになったウマゴンに蹄で折り紙が出来るのかと訊けば、そういう字を書いたり紐を結んだりの動作は全て魔力を使ってると、当然のような顔で返された。
 人間界では呪文以外の魔力が使えなくて不便だったんだ、とついでのようにウマゴンは愚痴る。

 誰も魔界では特に折り紙をする機会はなかったというが、どれも中々の出来栄えだ。
 大きく羽を扇がせる鶴はモモン。くるりと回る薔薇の花はティオ。机の上を滑って落ちた帆掛け船はウマゴン。ただの折り紙が機械仕掛けの玩具のように、それぞれの動きを見せる。
「これは術じゃないんだよな」
「ええ。折るときに魔力を少しだけ込めたの」
 それだけで折り紙を意のままに操るその仕組みは、どういうものなのだろう。魔物にとって自然の現象が、清麿には超常の現象だ。だが物理法則は人間界と同じなのだから、特異に見える現象にも、何かしらの原理があるはずだ。つい研究者としての思考にはまり込んだ清麿は、分析の対象を見極めようと目を凝らす。
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