王佐の誓い

□手紙
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「ふふ、嬉しいの。お土産のなかでこれが一番、嬉しいのだ」
「よかったな」
 手紙を見ては目を細め、口元を綻ばせるガッシュに、清麿も心から同意する。
「あ、これを清麿に知らせておくのだ」
 ガッシュは一通の手紙を清麿に差し出した。一見して子供のものとわかる字が、宛名と署名を記している。

『魔界の友達ワイトへ ヴィノーより』

「……ワイトって、クリアの生まれ変わりだったよな」 
 記憶をたどって清麿が確かめると、ガッシュは神妙な顔つきで頷く。
「うぬ。そのワイトなのだ」

 王の特権によって生まれ変わったワイトには、クリアだった頃の記憶はない。王を決める戦いの参加者だったことも、本の読み手のヴィノーのことも全く覚えていない。それでも「お手紙セット」は現れた。

 ワイトの手紙がいつ届いたのかは、正確にはわからない。ヴィノーがその手紙に気づいたのは、ナゾナゾ博士が探し出した親の元に戻って暮らし始めた頃という。
 手紙の宛先は『人間界にいる友達へ』。

『魔界の新しい王様が決まったので、選ばれた100名の魔物の子が、人間界に手紙を出すことになりました。
 人間界に手紙を出せるなんて、皆がすごく驚いてます。僕は、なんだかとっても嬉しくて、大きな声で笑ってたら怒られました。
 このお祝いにどうして僕が選ばれたのかわからないし、一度しか出せない手紙だけど、どんな人間に届くのかわからないけど、もしかして友達になれたらいいな、と思います。――』

 どこの国ものかわからない複雑な文字で書かれ、読めばその意味が心に伝わってくる不思議な手紙と、それを書いた「ワイト」という子がいる「魔界」に、ヴィノーはずっと興味を持ち続けていたらしい。

 もうすぐ10歳のヴィノーもまた、クリアのことを覚えていない。元々、3歳までの幼児の頃の記憶は、大抵の人が忘れてしまうものだ。覚えている人の方が珍しく、それは何ら不思議なことではない。
 不思議なのは、ナゾナゾ博士の知り合いで遠い国から来たお客さん、とだけ紹介されたガッシュに、ヴィノーが単刀直入に訊いてきたことだ。
「この手紙のワイトっていう奴、知ってるよな?」
 まるでガッシュの訪問を待ち構えていたように。

 それでガッシュは赤い本を見せて、自分が魔界の王であること、魔界と人間界をつなげたいと思っていること、知り合いのワイトという魔物のことをヴィノーに話すことになった。
 ヴィノーはガッシュの話に聞き入って、たくさんの質問をしてから、やっと納得したような顔をして返信を書いた。
「とても驚いたが、嬉しかったのだ。ワイトもヴィノーもお互いのことは記憶にない。ふたりは、これから友達になるのだ」

 魔界に戻ったら、ガッシュは手紙を皆に届けるのだという。そしてパートナーの様子を話して聞かせるつもりだと。
 あえてガッシュに返信を託さなかった人もいる。行き来が出来るようになったら、直接文句を言ってやるという人も。もう関わらないと思ってたのに今更と戸惑う人も。

 かつての戦いで生まれた絆は、戦いが終わっても魔物と人間の心に残っている。良くも悪くも千差万別の絆と新しい繋がりを知って、ガッシュはこれからの未来を思い描いている。
 それが幸せなものであるように。そのために王として何をするのか、と。



「これで立つ鳥跡を濁さずなのだ! さあ、清麿も忘れ物はないか?」
「忘れ物……」
 散らかっていた物をすべて風呂敷に包み背中に担いだガッシュは、いざとばかりに張り切っている。それに少し考え込んだ清麿は、ちょっと待ってろと言いおいて部屋を出た。

 戻ってきた清麿の手には小さな段ボール箱があり、ひょいとガッシュに渡された。
「どうせなら、これも持って帰るか?」
 箱を開け、昆虫の姿をした正義の味方を見つけて、ガッシュは思わず声を上げる。
「おおっ! カマキリジョー!」
「お袋がずっと残してたんだ」
 幼い頃に夢中になった人形と玩具と絵本の数々に、歓声がとまらないガッシュを横目に清麿はそっと本棚の隅に手を伸ばす。
 そして小難しい題名の本の隙間から薄い封筒を抜き出して、荷物をまとめた鞄の奥へ滑らすように差し込んだ。

 この手紙は置いていくつもりだった。

 清麿にとって手紙はただの思い出ではなく、ずっとガッシュを思い続ける(よすが)のようなもので、でも過去を振り返り懐かしむのは、捕らわれることだから。手元にあればそれだけで、思いが引きずられる気がしたからだ。

 けれど、本の持ち主達が魔界へ託した返信を見ていたら、何よりそれを喜ぶガッシュを見ていたら、やはり手離してはいけないと思った。
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