王佐の誓い
□魔界
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着いたのだ、と言われて目を開くと、造りは小さいながらも立派な邸宅の前にいた。
「ここは?」
「私の家なのだ」
無事に着いてほっと息をついたガッシュが、胸を張って答える。
「ここは私邸といっての、私とゼオンとで住んでおる。仕えてくれる者も一緒にの」
ガッシュと清麿が玄関に向かうと、扉の前で声がした。
「お帰りなさいませ。ガッシュ様」
「ただいま帰ったのだ」
ガッシュが帰宅を告げた相手は、小さな子供だ。短い黒髪で幼い頃のガッシュとよく似ている。
「では、ゼオン様にお知らせします」
その子が手に持った紙切れの模様を指でなぞると、紙は独りでに形を変えて鳥になって飛んでいった。
「さあ、清麿。どうぞ、いらっしゃいませなのだ」
魔界の王ガッシュは自ら扉を開けて、恭しく清麿を招いた。
*
「この愚か者! 書き置き一つで居なくなるなど、周りの迷惑も考えろ!」
現れたゼオンは、ガッシュの顔を見るなり怒鳴りつけた。ぴりぴりと紫電を纏う雷帝が机に叩きつけた紙は、僅か数行の書き置きだ。
『今朝、私の元に赤い本が現れた。王佐となる清麿を迎えに、人間界へ行ってくる。1カ月のうちには必ず帰る。――ガッシュ』
そして「赤い本」の文字を囲う丸と矢印の先には、あのメッセージの写し書き。
「魔界の王の、約1カ月の不在! それに伴う予定の取消と変更、その調整。宰相府が、どれだけ忙しいかは知ってるな? それを貴様は」
ゼオンの口から、溜め込まれた重々しいため息が吐き出される。
「何よりこの俺に、相談もせず、一言もなく、だ」
「ご、ごめんなさい……なのだ」
睨まれて竦み上がっていたガッシュは、ゼオンの一言でみるみるうちに萎れていく。
「ふん。放り出した仕事の後始末に、まずは釈明と陳謝にまわれ。……1カ月より早く帰ったとはいえ、軽く死ねるぞ」
覚悟しろ、と吐き捨てたゼオンはガッシュの首元を掴んで、清麿を振り返る。
「……というわけだ、清麿。こいつは連れていく。お前を迎える為の準備は一応してある。案内役に手配した者が程なく来るだろう。ここを動くな」
「ああ、わかった」
出されたお茶に手を伸ばしながら、そうなるだろうと思ってた、と清麿も答える。
ガッシュは自信満々に、書き置きしたから大丈夫だと言ってたけどやっぱりな、と首を竦める。
「お前にもいろいろと話も説明もある。夕餉の頃には戻る」
それでも行き渋るガッシュを見て、清麿が椅子から立ち上がる。清麿を振り返ろうとするガッシュの背中を叩き、待ってるからと言うと、その顔色がぱぁっと明るくなる。
「行ってこいよ、王様。お仕事だろ」
「行ってきますなのだ!」
ガッシュとゼオンを見送り、清麿は静かな邸宅の室内に眼を向ける。魔界の王の私邸だけあって、柱や梁に精緻な彫り物が施されている。それを眺め、研究者の性で、細工の仕方や工法などを考察していると、コンコンと控えめに扉が叩かれた。
「どうぞ」
入ってきたのは壮年の男だ。濃い茶色の髪に緑の瞳、背が高く、物腰は静かで丁寧だ。見た目は、まったく魔物らしくない。
「ご挨拶をしてもよろしいでしょうか」
頷くと、老若男女様々な6名の魔物達が部屋に入って清麿の前に並んだ。初めに壮年の男が胸に手を当てて名乗る。
「私はこの私邸の管理を任されております。執事のジェイド・キングフィッシャー」
一礼の後、紹介が続けられる。
「こちらが家政婦のマーサ」
白髪を毛糸玉みたいに丸めた小さな小さなお婆さん。
「小間使いのエリザクス」
鮮やかな赤毛をきりりと纏めた、軽やかで小柄な若い娘。
「賄いのクック」
目深に被った白い帽子を恥ずかしそうに長い指で掴んでいる獣めいた魔物。
「庭師のディコン・チスト」
焦げ茶色の巻き毛を奔放に絡まらせ、やや大きな口をにんまりと弛める少年。
「そして絡繰のクロとアオ。
以上の者でガッシュ様とゼオン様にお仕えしております」
「こちらこそ、よろしく。高嶺清麿です」
お世話になります、と頭を下げて挨拶すると、にこやかな微笑みがそれぞれに返ってきた。
「高嶺様が、魔物ではなく人間であるということは、ゼオン様から伺っております。
お客様ではあるが仮の客間ではなく、正式なお部屋をご用意し、ガッシュ様と同じく仕えるように、と。
人間と会うのは皆、初めてですがご無礼がないようにいたします」
「ご配慮に感謝します。ありがとう」
魔物達が部屋を出て、最後に扉を閉めようとするジェイドを清麿は呼び止めた。
「ジェイドさん、質問してもいいですか」
「何なりと。何か聞かれれば間違いなくお答えするようにと、ゼオン様からも承っております」
「では早速。
皆さんのうち、絡繰と紹介された2名は、魔物とは違って見えました。
クロとアオは、双子よりも姿形が全く同じで差異がなさすぎる。そして、どちらも黒髪に青い瞳ですが、ガッシュにとてもよく似ています。何故ですか」