王佐の誓い

□再会
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 魔界の王を決める戦いから7年がたった。戦いを勝ち抜き、14歳となったガッシュ・ベルは、寝返りを打ってため息をついた。

 目覚めの刻限にはまだ早いが、もう微睡みには戻れそうにない。
 さっきまで見ていた夢は、思い返すその度に薄れて消えていく。
 あの時の清麿と同じ年齢になったのに、ちっとも追いつかない。
 琥珀の瞳に涙がにじんだ。
 枕に顔を伏せて涙を押し付けてから、金の髪を揺らしてガッシュはのろのろと身体を起こす。

 その傍らに赤く光る本。

 宙に浮く本に気づいた途端、驚きで息をするのもままならず、期待で胸が苦しいほど高鳴った。

 恐る恐る腕をのばし、本を手に取る。震える指でページをめくり、記されたメッセージを何度も読み返す。
 数行の短いメッセージを頭の中で繰り返し、その意味するところを考えて、一つの答えが導かれる――と、今までの胸のつかえがとれた気がした。

 簡素なシャツと揃いの上着とズボン、そして幼い頃より着なれた外套にブローチ。手早く身支度を整え、出かけるための書き置きを残す。
 じつに爽快で、羽でも生えたように身体まで軽やかだ。

 まだ朝も早く、誰かが起き出す気配もない静かな私邸。駆け出そうとする足を抑えて私室から廊下へ、階段を降りて勝手口を開けて庭へ出る。
 冷たく澄んだ大気が身に染みる。逸る気を静め、瞳を閉じた。脳裏に彼方を想い、精神を集中する。
 じわり、とその姿がにじむ。
 赤い本を手に、ガッシュは人間界へ跳んだ。



 閉じていた瞳を開けると、ガッシュは冬枯れの林の中にいた。
 辺りを見回すと、ここが山に近い場所であるのがわかった。降りる道を探してゆっくりと歩き始める。
 枯れ葉の中の緩やかな起伏をたどると、二本の柱の上に反りのある横木を渡してその下に柱をつなぐ横木を入れた門のようなもの、鳥居を見つけた。
 古い石の階段もある。その石段を少し下ったところで木々の枝の向こうに町が見えた。見覚えがある町並み。
 そうだろうとは思っていたが、ほっと息をつく。ここは、人間界。モチノキ町だ。

 呼び鈴を押してわずかに待つ。扉が開かれ、住人が顔を出した。
「母上殿! おはようございますなのだ」
 懐かしさから声を張り上げて挨拶をしたガッシュを、華は驚いたように瞬きをして見つめる。が、すぐにその面影に思い当たったらしい。
「……ガッシュちゃん? まあ、久しぶり。大きくなったわねぇ」
「ウヌ!」
 頬を緩めた華に、ガッシュは全開の笑顔で答えた。

 華はガッシュを家の中に招くと、朝の食事はすませたのかと尋ねた。ガッシュが、まだなのだと答えると、御飯の支度をするから清麿を起こして欲しいと頼んだ。
「いつもギリギリまで寝てるのよ。……だからね、朝、話をしようと思ったら起こさなきゃ無理」
 きっぱりと、どこか楽しげに言われてガッシュは苦笑いになる。

 足を忍ばせて階段を上がり、急き立てるような鼓動を抑えながら、部屋の扉をそっと開ける。
 カーテンが閉められた薄暗い部屋は思いの外、狭いように感じられる。壁際の寝台の上はふくらんでいて穏やかに眠る人の気配があるのだが、顔は見えない。

「……清麿、朝なのだ」
 緊張のせいか、思うほど声が出ない。布団の下の肩にそっと手をかけ揺さぶりながら、声をかける。
「もう朝なのだぞ、清麿。起きよ」
 もぞりと身動ぎがあった。こちらを向いてくれたら顔を見られるなと、待っていても、起きる様子はない。
 埒があかぬと、のしかかるようにして大きく揺すり、思いきって声をあげる。
「清麿! 朝だぞ、起きるのだっ、……きーよーまーろっ!」
 と、布団がはね上がり、伸びてきた腕に身体ごと引きこまれた。

 抱きしめられたガッシュは動けない。人の腕の力など強いものではないのだが、突然のことにそれを振りほどくなんて思いもつかない。
 寝ぼけているのか、無遠慮に頭を撫で回していた手が、ふとガッシュの頬を包んで止まる。
 薄く目を開けた清麿が気の抜けた声で問う。

「お前……ガッシュ?」
「うぬ」
 返事をしたとたん突き飛ばされて、ガッシュは床に座りこんだ。
 清麿は勢いよく身体を起こして後退り、目の前の姿を何か確かめるように見つめている。
「おはようなのだ、清麿。久しぶりだが、……覚えておるかの?」

 狼狽え、呆然とした清麿の顔が珍しくて、可笑しくて、ガッシュの顔は綻んだ。
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