夜の訪れ
□いまさら
2ページ/2ページ
やさしい王様は、すべての魔界の民を等しく大切に思う。だから友達と、皆と仲良く遊ぶことはできても、そこから誰かを特別に選ぶことはできない。
ただでさえ千年の王はすべての魔物に取り残されるのに、特別を選ぶなんて悲しくなるに決まっている。
けれど、ゼオンだけは初めから特別だった。同じ父と母につくられ、同じ時に生まれてきた、たったひとり。
ガッシュは、その変わりようのないことを言い訳にした。どうしてもゼオンを離したくなかった。家族だからと、触れ合うことの快さに、与えられるものに縋りついた。兄弟だから、双子だからと、ふたりだけだと独り占めにした。
夜に訪れ、為される事にただ逆らわず、拒まず流され任せて委ねて受け入れて。そうして柔らかく微笑み絡めれば、振りほどかれることは決してなかった。
きっとゼオンは気づいていた。あの賢い兄が、愚かな弟の心づもりに気が付かないはずがない。それを、ずっと何も言わずに。
『兄弟での戯れなど、仮初めのもの。互いに誰かを見つけるまでの、ほんの一時の慰め事』
初めから、そう言ってくれたのだ。情を交わしながら、心の有り様など構わずに、ただ快楽だけを。
営みは伴侶と共にあるものと、父と母を見ればわかることだ。けれどガッシュは伴侶など望めない。想う人とは遠く離れ、空いた虚ろは埋まらない。
本当は、それが生涯を連れ添う誰かのものと、知りながら掠め取って貪っていた。本来はとても清らかで、穏やかな安らぎを求める兄を。それは淫らに堕ちた弟が手を掛けてよい相手ではない。
* * *
何より酷いのは、自分が想う人を見つけたこと。想い人があれば、それを他に向ける事の、知らず犯した罪の重さも。だが、今更。
立ち尽くし、泣いているガッシュに、ゼオンが静かな声で問う。
「謝るような事をしたのか」
頷いた。
「許しを請うか」
勢いよく頭を振る。
「では」
「ゼオンの思うとおりに」
如何様にも償うと覚悟を込めてガッシュは答える。
ゼオンの手が、頬に触れた。撫でられ、頭の後ろに手を添えられ、軽く引き寄せられて、抱きしめられた。戸惑っているうち、両手で顔を挟まれ、額に小さく唇がふれて、離れた。
「これで、終いだ」
悪戯をしにきたからと、満足そうに笑うゼオンのせいで、また涙が出た。しかも、その涙を拭われて、腹立たしくガッシュは駄々を捏ねる子供みたいに叫んだ。
「私達は! おんなじ、だっ」
だって、兄弟なのだ。双子なのだ。この世で唯一の稀なる存在なのだ。
「ずっと一緒、だったのだ! だから、」
なかった事にされるなら、せめて願おう。縛り付けていた理由を反転させて、祈りとして。
「ああ。何も、変わらない」
全部わかっていると言うように、ゼオンが答えた。
「ずっと、これからも。今までも、そうだっただろう?」
* * *
終わりが来るのは知っていた。
心がここにないことも。
来るかもわからない、いつかのために、ずっと前から、初めから。
そして最後に。
まだ涙の残るその頬に、ただの優しい口づけをした。