夜の訪れ
□あれから
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絡めた指の先につながれたガッシュを見て、ゼオンはふと考える。
そもそものきっかけは、寂しいというものだった。
大人でも寂しさから慰めを求めて身を重ねることはよくあるらしいが。ガッシュも、だろうか。
心当たりはないでもない。
かつてゼオンが奪ったガッシュの記憶。
独り闇の中で膝を抱えるあの寂しさ。
そして呟き。
『……私には、お兄ちゃんがいる』
そういえば、と額に手をやり、自分の記憶も探ってみれば、ガッシュが兄の存在を知って希望を抱いた頃、ゼオンは既にこの弟を憎悪の対象としていた。
そういうところから違うのだ。
同じような寂しさから、弟を憎んだ兄と、兄を慕った弟と。
「ゼオン?」
ガッシュがそっと、ゼオンの手を引く。
片膝を抱え、ため息をついたのが物憂げに見えたらしい。
「少し、思い出していただけだ。
……お前を憎んでいた頃もあったな、と」
怪訝な顔をするガッシュの頭を撫でて、ゼオンはくすりと笑った。
かつて人間界で初めてまともに会ったとき、あまりにも自分とよく似た顔が、まるで違う表情をするのに苛立った。
暗い森に怯えてうずくまるのも、見ず知らずの自分に友達にならぬか、と走り寄るのも。
弱いままに守られて、優しくされて育ったのだと思えば、なおさら憎しみはいや増した。
ガッシュの何もかもが癪に障って、激しく高ぶる感情のままザケルを叩きつけた。
記憶を探ると、その感情もまた思い出されるものだ。
うっすらとした笑みを貼り付けて、ゼオンはガッシュとつないでいた手を振りほどく。戸惑うガッシュの肩を掴んでのしかかり、額を合わせたゼオンは低い声で囁いた。
『お前は俺のことを知らんだろうが、俺はお前のことをずっと思っていた……
憎く、腹立たしく、恨まない日などないほどにだ』
あの時と同じ言葉を言い聞かせるように告げ、ゆっくりと額と頬に唇を寄せる。
身じろぎもしないガッシュの肩に額を押しつけて、見えないところでゼオンは微笑む。
「……もう、終わったことだ」
あの時の感情は消えている。まだ覚えてはいるけれど、その思いはもう何処にもない。
ガッシュがすべて受け止めた。
どうしてそんなことができるのか、ゼオンにはわからない。
だが今もガッシュはゼオンの腕の中で喉元への噛みつくような口づけを受け入れる。どこに指を進めても抵抗はなく、開かれて乱されて身をさらす。
ガッシュは誰からも好かれるやさしい王様で、たくさんの友達もいる。寂しさなど、もう何処にも見えないのに。何を求めてゼオンの私室を訪れるのか、わからない。
幼い頃よりゼオンは、その手に取った文献にある知識はすべて記憶に変えてきた。それは政治や学問のみならず、世情の事も含め、王として要るであろう事は全て。
だからゼオンは、情の交わし方も身体の繋げ方も知っている。ガッシュは知らないであろう、睦言の危うさも。
わからない事など、何一つなかった気がするのに。
これほど近くにあって、わからない。
握り締めた手の指の骨の感触に、滑らかな肌の下を流れる脈拍の律動に、どこまで許されるのか、その限りを知りたくなる。
「ゼオンなら、」
吐息に混じる、ガッシュの声。
「ゼオンになら、私は、何をされてもよいのだ」
どこまで本気かわからない戯れ言。
だが、その微笑みだけで敵わないものがあると知る。
「兄上は、やさしいから」
* * *
初めは、やつあたりで。その次は、悪戯。
深く考えてしたことではないけれど嫌がればすぐにやめるつもりでいた。でもガッシュは嫌がりもせず、笑って応えてくる。
だから、戯れと触れ合いを。欲しがるのなら幾らでも。