夜の訪れ

□そのつぎ
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 ガッシュはゼオンへの態度を変えようとしていない。おそらくそれはゼオンがガッシュの兄だからだ。双子の兄への無条件の信頼。
 それは互いに家族である限りきっと変わらないだろう。

 ゼオンとて、唯一無二の双子の弟を愛おしく思わないわけがない。優しく慈しむ想いと裏腹に、強い愛着と深い執心。ゼオンに棲まう天の邪鬼が囁く。

 そう、変わらないのなら、続けても構わないということだ。

 差し向かいに座るガッシュをそれとなく観察する。
 朝の食事はいつも決まったものだ。簡単に卵を焼いたものと少しの野菜とパンと牛乳。
 この頃のガッシュは、かき混ぜながらふんわりと炒めた卵を軽く焼いたパンにのせ、柔らかな青菜と合わせて挟んで食べるのが気に入っている。
 いつもよりも静かで落ち着いた動作は、ゼオンの機嫌を気にしてるからか。

「なあ、ガッシュ。今日はどこで遊ぶんだ?」
 いつものように話しかければ、いつものように返事がある。

「今日は午後から学校だからの。誰とも約束はないが、放課後に公園で遊んでくるのだ」
 返す声が弾んでいるのは、仲直りができたと思ったからだろう。実のところ、仲直りも何も喧嘩ではないのだが、いまさら種を明かすこともない。

「この前、私邸に友達を呼びたいと言っていたな」
「うぬ。兄上が騒がしいのは嫌と言うのでやめにはしたが」
「……前もって予定を立てるなら構わない」
 準備があるから執事達にもきちんと伝えてやれと、いつだかの願い事に許しをやれば晴れやかな笑顔が返ってくる。
「ゼオン! ありがとうなのだ!」

 ガッシュはゼオンを疑わない。
 そこに嘘や裏切りがひそむこともあるというのに。
 悪意というものを知らぬ訳でもないのに、相手の行動の裏やその意図を読もうとしないのは、愚かしいほど無防備な善意。

 一緒に家を出ようぞ、と言うのに付き合ってそれぞれの支度をして玄関へ行く。
 ガッシュは王宮の父の元で王様の見習い。ゼオンは宰相府で宰相の仕人。連れだって歩くのも、そう長いことではない。

 歩き出そうとするのをゼオンが引き止め、丸い頬に口づける。と、虚を突かれたガッシュは大きく瞬く。

「……挨拶だ」

 素知らぬ顔のゼオンの当たり障りのない口実を真に受けて、ガッシュの緊張が緩むのを見て、その隙に先に歩みを進めれば、競うように手を繋がれ、絡まった指に急き立てられて、その先はどちらからともなく笑いながら駆け出した。

 頬への口づけは初めてだったか。

 頭の隅に掠めたことを、ちらりとゼオンは考える。そのうちにまた、ガッシュはゼオンを夜に訪ねて来るだろう。今までもそう幾度となく繰り返されてきたことだ。

 この次に訪れたなら、蕩かすような口づけを。

 戯れの先にあるものを。試して、確かめて。触れ合い、絡め、繋げてみよう。互いのことはよく知っているのだから。何をしても、いい。
 謀りは、心密かに秘められる。

 * * *

 何があってもゼオンは変わらず、そしてガッシュも変わらない。

 誰よりも近く親しい存在を、誰よりも深く愛おしむのに何の障りがあるだろう。
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