夜の訪れ

□きっかけ
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 ガッシュはゼオンを待っていた。
 こちらの様子から、先に寝室に入ったのを怒られる可能性くらいは考えついたのか。
 今更ながら、ばつが悪そうにしている。
 何事も先に了解を取れ、少しは考えてから動け、とはよく言う小言だ。

 ゼオンは寝台のすぐそばで立ち尽くした。
 黙ってじっとガッシュを見る。

 動かない視線と表情を、ガッシュは戸惑ったように見返してきた。
 ゼオンの態度がいつもと違うのはわかるのだが、怒るのでないなら何だろう、とこちらを窺う。

 ゼオンは殊更にゆっくりと手を伸ばす。

 指先で柔らかい頬に触れて、動かぬように顎をつかんで上向かせ、……唇に唇を押しあてた。

 ガッシュの目が丸く開かれる。驚いて、身体が硬く固まっている。
 そのままガッシュが動かないのをいいことに、ゼオンは顎をとらえていた手を喉元から肩へ滑らせる。唇を一度離して息を継ぎ、また塞ぐ。
 今度は軽く口を開いてガッシュの唇を割り、舌を差し入れる。口の中を舌でまさぐり、手は肩から二の腕に沿わせ、離さぬように捕らえる。慎重に唇を噛み、柔らかく探り入れつつ時をはかる。

 ふと、ガッシュの身体からこわばりがとれた。
 かすかに熱を帯びたガッシュの唇と舌が、ぎこちなくゼオンの動きを追いかけ――。

「……あまり、この兄を困らせるな」

 唇を離して、寄り添ったまま静かな声で言うと、ガッシュの顔が伏せられた。浅く短く乱れた息が首をくすぐる。

「今夜は、もう帰れ」

 先に寝台から離れて振り返り、優しく微笑みながら手を取って、指を絡める。

「……続きは、また」

 息をのみ、頬を赤く染めたガッシュを扉へ導いてやると、おとなしく後についてくる。

 何か問いたげにさまようガッシュの瞳を逸らすようにその額に唇をあて、「おやすみ」と素早く扉の外へ背中を押し出して鍵をしめた。

 閉ざされた扉の向こうで、しばし留まっていた気配がやがて、揺らぎながら遠ざかる。
 今夜、ガッシュは自分が適当にあしらわれ、結局は追い払われたことに気づくだろうか。

 好意でも、悪意でもない、手段としての口づけ。
 いかにも優しげな微笑みと、何か匂わすような文句。
 経験はない、はずだ。

 ……驚いて逃げ帰るはずの奴が、まさか応えてくるとは思わなかったが。

 悪戯の、その先……。
 次、なんてつい口走っていた。

 ……やり過ぎたか、少し。

 惑わされたまま気づかなくても、いや気づいても構わない。
 どちらにしても、今夜のことは悪戯のうち。

 踏み込んできたのはガッシュ。悪戯で惑わして仕返したのはゼオン。
 いつもガッシュのすることなすこと思いつきには振り回されているのだ。たまにはこちらが振り回してやってもよいだろう。
 ガッシュがゼオンにする接触を、少し深くしただけの悪戯だ。温もりと柔らかさと、親しい距離。身体を使った誘惑。

 まあ、子供のすることではないらしいが。

 この手の誘惑で、身を持ち崩す大人もいるのだから。戯れは将来にさしつかえない程度に、お互い後腐れない程度に。

 手応えはある。
 しばらくは楽しめる、か。

 くすくすとゼオンは含み笑い、寝室へ戻っていった。


 * * *


 先に仕掛けたのはどちらなのか。後から思うと、何ともいえない。
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