夜の訪れ

□いまさら
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 言葉はなくて許された。

 思う気持ちは何一つ、言わなかったし、伝えなかった。

 懸想などではないから、と。

 * * *

 私室に戻ってからずっと、胸が重くつかえ、夜が更けても寝られず起きていた。

 ……コツ、コツコツ

 扉をたたく音がする。ガッシュは怪訝な顔になって、この夜に誰がと、鍵をかけたことのない扉を開く。と、兄が、そこに微笑んで佇んでいた。

 これまで、そのような事は一度もなかった。ゼオンの表情が読めない。いや、口元には笑みがある。そう思えないのは、自分の動揺が過ぎるせいだ。

 言わなければならないことがある。

 頭の中で渦巻く言葉に気に取られ、ガッシュはゼオンがすることを止められなかった。するりとゼオンは扉を抜けて、ガッシュの手を取り、部屋の奥へと進んでいく。連れられて、ともに寝室へ入ったところで、ガッシュは俄かに焦りを覚える。が、絡んだ指は離れない。

 きっと、兄は怒っている。

 薄ら寒い心当たりに、すっと指先が冷えていき、首から上がやたらと熱くなっていく。目が眩むような思いがして、足元がぐらぐらと揺れている気がして、はたして真っ直ぐに歩けているのか。

 寝室の奥の、寝台の手前でゼオンは足を止めて、振り向いた。そのまま黙って、深く俯くガッシュを見る。

「悪戯をしにきた」

 告げたゼオンの眼差しを、ガッシュは厳しく受け止めた。もう、逃げることは出来ない。今のが、最後通牒だ。

『兄弟での戯れはもう出来ない』
『自分は想う人を見つけたから』

 言うべき事をまとめるのに無い頭を絞り、やっとの思いで顔を上げるが、目を合わせるとまた伏せそうになり、口を開け閉めしたあげく、喘ぐように声は掠れた。
「……ごめんなさい、なのだ」
 そして出てきた言葉のあまりの情けなさに、涙が零れる。

 散々、長いこと、好き勝手に弄んできた相手に、最後にまともな事も言えないのか。あんなにしたのに、してくれていたのに、何も返せず終わらせるのか。誰より清冽な心の持ち主を、落として引き摺り込んで、事が済んだら捨て置くような酷い行為を。

 * * *

 初めは、まったくそんなつもりは、これっぽっちもなかったはずだ。

 ただ、ふと何かの気まぐれか、ものの弾みか、突然ゼオンに口づけをされた。驚いて、でもあんまりそれが心地よくて欲しくなって。
 咎められて、恥ずかしくて俯いたら、ゼオンが続きはまた、と言ってくれたから。部屋に帰っても胸がどきどきして、寂しかったはずの気持ちもどこかに消えていた。

 次の朝に、いつもの通りにするのはちょっと難しくて困ったけれど、ゼオンがまた頬に口づけをくれて、その続きが嬉しくて。
 それからは、夜にひとりでいるのが嫌だったら、ゼオンのところへいけばよくなった。寂しいこと、悲しいことは、みんな気持ちのよいことに変わっていった。
 
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