航海日誌

□ロンサム・ロンド追憶1
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指先から鮮血が滴り落ちて、水溜りになったそこへ落ちていった。
俺以外に息をする者のいない場所ではその程度の音すら拾えてしまう。
肉塊と化した、元人間たちの間をすり抜けていって、アタッシュケースを掴んだ。
おそらく周囲は、焔硝と血肉の酷い悪臭に包まれているのだろうが、嗅覚はとっくに麻痺してしまっているので感じなかった。
ただ、衣服や体中に巻いた包帯に血が染みこんでその感触が不愉快だった。
早く帰って汚れを落としたい、こんな血塗れじゃ煙草もろくに吸えやしない。

舌を1つ打って、俺はコラソンの待つアジトへと足を向けた。




ロンサム・ロンドに愛の手を!−追憶編−




「随分な格好だな、レイヴン。珍しく梃子摺ったのか?」


紫煙を吐き出しながら訊ねるその言葉は、何人束になろうが怪我なんて負わされるわけがない、その程度の相手だったとわかっていての言葉だ。
返す必要もないと、無言でバケツの水を頭から浴びせかけてやる。
無事鎮火したコラソンの足元にケースとバケツを投げて、服を寛げながら古びたアジトへと入った。



『こんなところで話してもいいのか。バレたら殺されるぜ、アンタ』

「能力使ってるから問題はねぇ。お前もチクるような奴じゃないしな」


シャワーから出て包帯を巻きなおし、髪の水分を取りながら戻ればソファにはまだコラソンがいた。
俺のことを無駄に信用しているこいつに呆れてため息が出る。
本当は話せることも、能力者だということも、誰かにばらしても益がないから話さないだけな俺をそこまで信じられても困る。
こんな無防備に人を信じるお人好しがドンキホーテファミリーの最高幹部にして、ボスの実の弟なのだから世も末だ。


ドンキホーテファミリーとは俺の所属する海賊団の名である。
闇取引を専門とするそこに所属している俺は、ボスのドフラミンゴに何年かすれば最高幹部に座れる実力があると見込まれ、入団たった数ヶ月で支配下の土地の管理を任されていた。
幾人かの部下も持たされ、金を巻き上げ敵の海賊団を潰し、海軍と戦うといった馬鹿らしい生活だ。

そんな中でコラソンにここまで信用されるようになったのは何故か、俺にもよくわかっていない。
子供嫌いと言われ、ファミリーへの門を叩く子供たちを悉く蹴散らしている奴らしくなく、俺を気にかけているらしい。
俺は17になるので子供といえる歳ではないがファミリーの中では若い方だ、上のやつらからすればまだまだ子供だろう。
兄が目にかけているからという理由ではなさそうだが、ならば何故、と思いはしても問いただしたことはない。
こいつがどんな思惑でおれを傍においているかなんてどうでもよかった。
奴は俺に、必要だろうとそのもち得る知識や技能を惜しげもなく与えてくれるし、害にならない人間だから好きにすればいい。


『で?金は回収したろ。報告ならいつも後でやってる。なんで帰らないんだ』

「メシでも食いに行こうと思ってな。お前は仕事が速いから、提出期日までは時間がある」

『1人で行くなりチビ共連れてくなりしろ。おれは暇じゃねぇんだよ』


煙草に火をつけて、呆れを含んだため息と共に紫煙を吐き出した。
ガキが煙草吸ってんじぇねぇと小言が飛んでくるが、じゃあてめぇも吸うなと反論すれば黙り込んだ。
こいつはどうだか知らないが、おれは別に煙草に依存しているのではない。
ただ、交渉の場だとか敵の前だとかでは、挑発や余裕を持たせるポーズとして使えるから普段から慣れるために吸っているだけだ。
酒と同じく、こういう小道具はないよりもマシという程度ではあるが使えるものは何でも使う腹づもりだ。
そうでなければ、今の場所から引き摺り下ろされてしまうし、そうなってしまっては海賊なんて馬鹿らしいことをしている意味がなくなってしまう。

おれは海賊に対して特別恨みを持ってはいないが、憧れだとかも持っていない。
わざわざ好き好んで犯罪者のレッテルを貼って敵を増やすその神経を理解できないとは思っているが。

そんなおれがドンキホーテファミリーに所属しようと思った一番の理由は、知識を得られる場所だからだ。
海賊になり悪事を働く代わりに、ファミリーの名を使っていくらでも知識を得たいだけ得ることが出来る。
たとえ人を不幸に陥れようが、最悪殺すことになろうがどうでもよかった。
今のおれは普通の機関に所属することができないから、ただ暴れまわるだけの頭の悪い海賊でなく、一所に留まって闇の取引を行うこの海賊団は都合がいいのだ。

滅亡したフレバンス出身の、それも、珀鉛病に罹っているおれを一般の機関は受け入れてはくれないが、ここなら正体を隠していても怪しまれずに知識を貪り研究を続けることが出来る。
おれの残りの寿命、約4年半、たったそれだけのタイムリミットで、今の場所はこの上ない特等席だった。


先の短くなった煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。
どうしたと訊ねるコラソンに『メシ』とだけ告げて背を向けた。


「じゃあおれもここで食ってくかな!手伝うぜ!」

『来んな、いらねぇ。頼むから座ってろ』


こんな天性のドジ野朗にキッチンまでこられちゃ食材をすべて駄目にされること請け合いである。
さっさと研究に入りたいのに余計なタイムラグはごめんだ。
コラソンをとっとと帰すには動かさないことが賢明であると、ここ数ヶ月の短い付き合いではあるがすでに学んでいる。


「そうか?なら待ってるか。お前のメシは旨いしな、楽しみにしてるぜ!」

『動くなよ。飲みもんならそこの水飲んでろ。メシ食ったら帰ってもらうぞ』


にかりと笑って褒められて、悪い気はしない。
しかし食事を作っている最中に何かが割れる音だの倒れる音だのを聞いてしまえば、熱々に熱されたフライパンを掲げて奴のいる間へ奇襲を仕掛けに行っても仕方のないことなのである。




第1話 終

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