「ルーム」シリーズ(長編)

□ユアルーム
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「よッ!じんぐーじ」

2限終わりのベルが鳴ると同時に、左肩に軽い衝撃がはしった。180分ぶっ続けで聞いた新入生ガイダンスのせいで、人に肩を叩かれたのだと理解するまで数秒かかった。

「痛ぇよ、慎太郎」
「あ、わり」

振り向きざまにいうと、慎太郎がチョップでもするかのように左手をまっすぐ立てて、ごめんのポーズを作っていた。

「お前ゴツイんだからさ」
「はは」

慎太郎は頭をかいた。持ち上げた左腕が俺の太ももくらい…とまではいかないが、かなりがっしりと太いことに気付いた。昔、格闘技か武術でもやっていたのかな。

俺と慎太郎は一昨日、この大学の入学式で出会った。こいつは人当たりがいいし、俺も人見知りするほうじゃないからすぐ打ち解けて、周りに座っていた何人かを巻き込みながら今日もこうして集団でガイダンスを受けている。

たぶん、これからも、少なくとも1年はこんな調子で一緒にいることになるんじゃないだろうか。ただ現時点での俺は、慎太郎のことをほとんど知らない。知ってるのは、お兄さんがこの大学のOBだという事と、顔に似合わずシュークリームが好きだって事くらい。

「でさ、神宮司。お前サークルまだ決めてないよな?」
「ないけど?」
「じゃあ今日6限終わりに新歓いかね?」
「いいけど」

新歓。新入生歓迎会は、各サークルが新入生取り込みのために行ういわば接待の場だ。たこ焼きパーティー、寿司、焼き肉、スイーツバイキングなど…、入学式から数か月間、金のない新1年生はこれらのお楽しみをすべて先輩の金で堪能できる。大学入学を機に一人暮らしを始めた俺にとって、慎太郎の誘いは願ったりかなったりだった。

「まじか!サンキュー!」

慎太郎は俺に抱き着かんばかりの勢いで、両手を広げて喜ぶ。こいつこんな見た目しておきながら、まさか一人じゃ行動できないクチ?

「で、どこの新歓?」
「あー、テニサー…かな?」

マジかよ。てっきりプロレスとかそんなとこだろうなと思ってたのに。意外な面もあるもんだな。

「っつーよか実質飲みサーなんだけどさ」
「はぁっ?」

慎太郎の口から飲みサーなんてチャラついた言葉が出るんだ…。思わず聞き返す声が裏返ってしまった。

ただ、そのおかげで慎太郎がなんで俺を新歓に誘ったのかなんとなくわかった気がする。俺は、明らかにテニサー向きの自分の容姿−襟足の長い金髪、整えてある眉、自分でいうのは何だが女好きのする顔−を思い浮かべた。

えっ、なんだよ。慎太郎、俺をスカウトでもする気なの。けどこいつだって俺と同じ新入生だし。

いろいろな考えが頭の中で回転している間に、慎太郎はもう今夜の新歓に思いを馳せているようだった。

「あー、今日楽しみだな!じゃ、神宮司、ヨロシクな!」
「わ」

慎太郎が俺の背中にバチンと気合の入った平手をお見舞いした。俺は机にめり込みそうになりながら、ともかくすべては行ってから考えることにした。

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