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□ Vergessenheit
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滅多に鳴らないLINEの通知。それが来たことを可愛らしい音を立てて携帯が知らせる。

画面をのぞき込むと、そこに映る名前は成人式以来顔を合わせていない中学時代の男友達のもの。短く一言「今何してる?」と、ありきたりな言葉が表示されていた。

普段こういった出だしの文面には即レスをしない私が、柄にもなくスマホを手に取りトーク画面を開く。
その瞬間、また新しくメッセージが届いた。

「久しぶりに飲みにでも行かないか?」

このメッセージに対し私は、いいよと一言返信をする。

あれよあれよと集合日時が決まり、仕事の忙しさも相まって想像以上に早く時が流れ、あっという間に飲みに行く日になった。


久しぶりに会う男友達は、昔とは違いファッションも髪型も、昔掛けていた眼鏡もコンタクトに変わっていて、面影が残るのは優しげな瞳と喋り方だけだった。

「お前はいつまでたっても変わらないな」

そう言われて少し寂しくなったが、それを隠すように笑い飛ばす。昔から見た目にこだわらない結果がコレだよ!と。

何一つ変わらぬ私に安堵した彼と、のんびりお酒を飲みつつ、昔話に花を咲かせる。

普段の私にとって過去は必要のない物だから思い出すことは無いのだが、こういう話をする時だけはスルスルと記憶が引き出されていく。
楽しかった事も、辛かった事も、彼と一時期いい雰囲気になっていたことも全て懐かしい。

女の性なのか、嫌だったことばかり記憶の引き出しから出てきてしまっていたらしく、彼に「結構嫌なことあったんだね」とツッコまれてしまった。
申し訳ないと謝ったが、彼は逆に「俺もきっとお前にとって嫌な事してたんだろうから、お互いにそれは忘れよう」と提案をしてきた。

確かに嫌なことは忘れてしまった方が都合がいい。互いにもう追求しないように、約束をした。



ー − −



懐かしい話から近況まで話し終わったところで、飲み放題の制限時間が終わってしまったので店の外へ。

このまま2軒目へ行く事も可能だったが、今日はもう帰ろう、という話に落ち着きそれぞれのバス停へ向かう。

彼の乗るバスのほうが先に来たので、私はそのバスの出発を見届けてから、自分が乗るバスへ乗車した。


…今日話した中で、彼に彼女がいることを初めて知った。ならば私はもう彼に誘われても、出かけることは無いだろう。彼が不貞に思われてしまったら私は後悔の念を抱いてしまう。


今回の記憶は中学時代の上塗り。このまま綺麗な思い出として、持っていてほしい。
全ての想い出は程よい青春ドラマのように、さわやかで甘酸っぱくて。頼れる親友や可愛い彼女とともに。


私が忘れていた初恋も、今日思い出してしまった初恋を、また過去へと置き去って。


今日の“楽しかった部分”だけ、記憶の隅に宝物のように仕舞い込んで。


明日からも過去に囚われる事無く歩まなければ。









変わらぬ過去と変わる未来、変わる未来に置き去られる変わらない私。

過去の記憶は捨てていこう。自分が辛い思いをしないように。


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