願わくば、叶うことなく永遠に。

□人を殺して死ねよとて
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「太宰が行方不明ぃ?」


とある昼下がりの探偵社に、怪訝そうな国木田の声が響いた。まゆみはその言葉を聞いてパソコンを叩いていた手を止め耳を傾ける。
敦は「はい。」と心配そうに返事を返した。


「電話も繋がりませんし、下宿にも帰ってないようで……。」


敦の言葉に皆数秒黙る。
だが「死にそう助けて。」と電話を掛けてきた太宰に「死ねば。」と一言突き返す探偵社員等だ。返してきた言葉達は何処までも太宰に冷たかった。


「また川だろ。」

「また土中では?」

「また拘置所でしょ。」

「また心中相手探してるんじゃない?」


心配する気配なく寧ろ笑い出す一同に敦は拍子抜けしてしまう。只これはもう、太宰の普段の行いのせいというしかない。連絡なく遅刻して、へらりと笑って昼頃現れてたら、確かにこんな反応にもなってしまうのだろう。
敦は困ったように眉を垂らす。


「しかし先日の一件もありますし……。
真逆マフィアに暗殺されたとか……。」

「貴様は阿呆か。
あの男の危機察知能力と生命力は悪夢の域だ。あれだけ自殺未遂を重ねてまだ一度も死んでない奴だぞ。」

「まぁ、そういうことだよ敦くん。
自分自身を殺せないような人間を、他者が一体どうやって殺すのかむしろ知りたいくらいだね。
それに太宰さんの生命力はゴキブリ以上だから大丈夫。」


まゆみの言葉に敦は「ゴキブリって…。」と困ったように笑った。
云ってしまえばこの関係も一種の信頼関係なのだ。太宰が何の計画もなくすんなり暗殺されるなど有り得ない。そう信じているからこそ、探偵社員等はいつも通り業務をこなしているのだ。遠回しに云ってみたが伝わらなかったらしい。
まだ心配そうな顔をしている敦を見てまゆみは太宰を心底殴りたいと思った。
一体彼奴はどこで何をしているんだ。


「ボクが調べておくよ。」


まゆみがぶつけようのない怒りを胸の中に秘めていると、相変わらずのラフな服を着た谷崎がひらりと手を振りながら姿を見せた。
まゆみは懐かしそうに目を細める。よく良く考えたら私の先日の仕事のこともあり、芥川と接触してからゆっくり話せなかった。


「谷崎くん。そう云えば具合はどう?」

「もうこの通りです。まゆみさんも元気そうですね。」

「私は全然。谷崎くんの方が重傷だったから結構心配しちゃったけど…もう完全復帰だね。」

「与謝野先生の治療の賜物だな。
谷崎……、何度解体された?」


谷崎の顔色が真っ青になる。探偵社ならほぼ全員が共通している与謝野晶子のトラウマ。解体だなんて大袈裟な、と思う者もいるかもしれないが、寧ろ解体という言葉の方が生易しいのかもしれない。
顔を真っ青にした谷崎は俯きか細い声で「4回…。」と呟いた。


「「「あーー……。」」」


意味を知らぬは敦のみである。


まゆみはそもそも身体のこともあり大分優しく治療されたが、与謝野の解体を喜んで受けたい訳では無い。矢張りあれが辛いことには変わりないのだ。
治癒異能力者が世界にも稀少だということも十分に理解している為、その能力にたいへん助けれているのもまた事実。
まゆみは敦に青い顔で探偵社で怪我だけはしちゃいけないと助言する谷崎に苦笑いしてお茶を啜りながら時計を見た。


「今回はマフィア相手と知れた時点で逃げなかった谷崎が悪い。」

「マズイと思ったらすぐ逃げる。
危機察知能力だね。」

たとえば、


乱歩は愛用の懐中時計を眺め「今から10秒後。」と告げる。
敦は乱歩の言葉の意味が分からず首を傾げた。
まゆみは扉の奥から聞こえた音に小さく反応し、静かにパソコンを閉じる。申し訳ないが何事も経験だ。経験してみないと分からないことの方が多いだろう。これも敦の成長の為だとまゆみは書類を珈琲を入れ直そうと席を立った。


「ふァ〜〜あ。」


刹那、欠伸をしながら与謝野がオフィスに入ってきた。寝過ぎてしまったと目を擦る姿はどう見たって普通の女性だ。敦は「与謝野さん。」と声を掛ける。その後ろで谷崎がビクッと怯えたことに敦は気付かない。


「あぁ、新入りの敦だね。どっか怪我してないかい?」

「えぇ、大丈夫です。」

「ちぇっ。」


敦は何も言わずにただ笑う。気のせいでなければ、ちぇっという言葉はこの探偵社の方に出会って二回目だ。敦は言いようのない不安にかられる。
そんな敦の心中を知らない与謝野は周りをキョロキョロと見渡す。


「ところで、誰かに買い出しの荷持を頼もうと思ったンだけど……。

アンタしか居ないようだねェ。」

「え!?」


勢い良く振り向くとさっきまでそこにいた筈の顔ぶれがいなく、オフィスには敦と与謝野の二人しかいなかった。まゆみすらいない。
ここで敦はやっと理解した。


「(危機察知能力ってーー、これ?)」


この後電車で起きたポートマフィアの梶井基次郎と泉鏡花の起こしたテロに与謝野と共に立ち向かい、与謝野が気絶した敦とマフィアの少女、泉鏡花が探偵社に帰ってくる迄あと数時間後。
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